街に戻った時には、初夏の長い夕暮れもすっかり濃くなって、東の地平線近くでは気の早い最初の星たちが、小さい、冷たい明かりをともし始めている。
 アカリはエンゲの部屋の前で、少し躊躇った。冷静に考えたら、丹念に拭ったとはいいながら、服も身体も綺麗とはいい難いし、それに、男性のスライム特有の非常に濃い分泌物がまだ、なんともいえない微妙な感触をのこしていた。
 これは結構…恥ずかしいかも。
「あの、上がって?」
 気後れして、扉の前で足をにじらせているアカリに、エンゲはできるだけ気楽に声をかけた。その声に手を牽かれて、思わず部屋の中に入っていく。
「さてと…まずはお風呂からよね」
 エンゲは浴室に入り、お湯を浴槽に満たし始めた。水音がかすかに、部屋の中にも届いてくる。
「おなかもすいたよねー。なにがあったかなあ」
 ごそごそと、台所の戸棚をかき回す物音の合間に、恐らくどこかに頭でもぶつけているのだろう、鈍い打撃音と小さな悪態が聞こえる。これだけ不器用で、いろんなところで抜けているのにも関わらず、アカデミー創設以来の俊才の一人とは。世の中を支配する法則が、どこかで大いに間違っているように思えた。
「はじめてだね、泊まってくれるの。ありあわせしか、無いんだけど」
 そう楽しそうにいいながら、エンゲは資料が山積みになっている、食堂のテーブルを片付け始める。台所の戸棚を開けて、お皿を六枚。前菜用、主菜用、それにデザート用。主菜用のお皿を、湯煎にまわす。
「あ、こんなところに葡萄酒!しかも料理用じゃないのが。やったねえ」
 葡萄酒の器を抱えて、なんとも無邪気な笑顔。南方の遠い文化を受け継いだ、それは古風なグリフォン装飾のオイノコエで、エンゲの白い顔との対比は、夜を飾る月を描いた絵のように、冷たい音色に輝いて見えた。
「今日はお祝い、つきあってね」
 アカリは頷くと、急にエンゲの服の裾をひっぱった。もちろん、壜をテーブルに置くのを確認してからだ。
「それよりも、はやくお風呂…いっしょに、はいって」
「どうしたの?なんか、いつもとちがうよ?」
 お風呂場の前で、革鎧も脱がずに立ったままのアカリに、ほんの少しだけ…意地悪い笑顔を向ける。
「ひょっとして、ちょっとえっちな気分になっちゃたとか?」
「そんなこと…ないよう」
「ほんとうに?」
「…ちょっとだけ…」
(…あなたのせいなんだから…)
「あいかわらず、かわいいね」
 いきなりアカリの顔を両手ではさむと、エンゲは舌を出して彼女の唇をちろちろと舐め始めた。アカリの華奢な躰が革冑の下で、敏感にくねり始める。まるで抗うように腰をひねり、躰を反らせているのに、両手はしっかりエンゲの腰を抱いてはなそうとはしない。それが愛しくてエンゲは、息遣いが律動的に荒く激しくなっていく彼女を、まるで大切な楽器を調律するようにやさしく微妙に、丁寧に愛撫し続けた。
 唇から頤、耳へと舌を舞わせながら、革鎧をすこし苦労しながら脱がせようとしたとき−小さな手が戸惑いがちに、それを手伝いにはいった。
 紐と留め金を外されて床に落ちた革鎧は、思ったよりもずっと重そうな音をたてた。厚い皮を四枚に貼りあわせた、特注の鎧を脱ぎ去ると、まるで躰が外に向かって開いたような開放感があった。
 甘い花色の下着が床におとされ、張り切ってつんと上を向いた形のいいおっぱいが露になる。縦長のおへそを中心に、遠い異国の表意文字と文様のタトゥが刻まれた、白く滑らかなおなかが、薄明かりの下で柔らかくくねった。その、薄彫りのように刻まれた無駄の無い腹筋が収束する先に、さわさわとした柔毛に包まれたスリットが、ひっそりと隠れている。小さな手が精妙に刻まれたタトゥを隠そうとして、不器用にもそもそと動くのを、そっと遮る。
「隠さないで。あなたの全部を見せて欲しいの」
 エンゲはタトゥに唇をつけて、その複雑な文字と模様の組み合わせをなぞるように、舌先を泳がせ、そのまま唇と舌で陰裂の周囲に、じらせるような微妙な責めをはじめる。
「あふ…エンゲ…ん」
 じっくりと愛の技をすすめるエンゲの頭を抱いて、アカリは泣き声を上げながら腰を深くかがめた。背中の奥から、快感が暫進的に這い上がってきて、そのたびに彼女は躰を撓ならせて、熱い声をもらした。
 エンゲは背中を抱いていた両手をおろして、柔らかい小さなお尻を交互に揉みながら、指先を谷間に沿って這わせ−その奥の窄まりを探っていった。そしてたどり着いたお尻の蕾をくすぐり、指を少し滑り込ませて、熱く狭い内奥で指先を微妙に蠢かせる。
「ああん…お尻はいや…もうエンゲ、今日はなんか変態っぽいよぅ」
「うそ。あなたのアナル、もうこんなにひくひくして、きつきつに締めつけてくるよ?それに…」
 エンゲは秘裂の周囲からはじめた愛撫を、襞の隅々にまで、ゆっくりと進めていく。お尻の奥に進めた指に、アカリの動悸が狂おしく伝わってくる。
「どっちも、こんなに感じて溢れて。−それでも、いやなの?」
 ひんやりとした浴室の壁に押さえつけられて、アカリは首を振りながら小さく息をのんだ。その泣き顔を上目に見ながら、唐突にエンゲは愛撫を中断して、彼女からぱっと躰をはなした。あっと息をのむアカリの唇をすばやくうばい、涙が混じったその甘い唇を味わいながら、首筋、おっぱいにと舌をすすめていく。
 乳首を含んで口の中で転がし、軽く歯をたてる。舌の先でそれがどんどん、勃起してくるのがわかった。口を離すと今度は舌全体をつかって、いやらしい音を立てながら乳暈を舐めあげ、乳首を吸いたてる。
「気持ちいい?気持ちよくない?」
 もう一度コリっと歯を軽く立てると、背中が弓なりに反り返って、乳房を激しくエンゲの顔に押し付ける格好になってしまう。
「はやく、からだ…洗わないと…まだ汚れてるし…ねぇ、まだ汚いし」
「うんん、そうね」
 アカリのか細い抗議を心地よく受け止めながら、エンゲはおっぱい全体をゆっくりと、舌先で愛撫し始める。続いて、腋下へ…いやらしく舌を這わせ、唇を進めていく。
 浴槽から立ち昇ってくる湯気の中。エンゲは石鹸の泡を掌に掬い取ると、アカリの躰をゆっくりと洗い始めた。胸から腋、背中からお尻へと両掌を使って、やわらかく泡をたてる。そして熱くなってくねり始めたアカリの躰に、自分のおっぱいを、おなかを、太股を擦りつけ始める。
(あ…きもちいいよう)
 アカリは、浴室のつるつるした壁面とエンゲの柔らかな体の間で、より大きな快楽を貪るように、上気した躰をくねらせた。濡れた躰をなんどもなんども擦り合わせながら、彼女は大きな声をあげて、快楽の頂で全身を震わせた。
「さ、アカリ…一緒に暖まろうね」
 抱き合って浴槽につかり、お湯の中で重さを失ったアカリの躰を膝の上に迎える。
「ごめんね…もう、とまらないから…」
 アカリの背中を、繊細な指先がそっと愛撫し始めた。びくびくっと、全身が痙攣するのがわかる。荒い吐息が、エンゲの肩をくすぐった。太股の上では、いつのまにかアカリの腰がゆっくりした円運動を始めていた。お湯の中では濡れているのかどうかは分からなかったが、肉唇が太腿を擦るとともに滑りが良くなってくる。
「…今日は朝まで一緒に、ね?」
 目を瞑ったまま何度も頷く。お湯を跳ね返しながら、アカリはきつく、エンゲにしがみついた。

「やっぱり、ね」
 デザートのチーズを千切って口に運びながら、アカリは小さな声でいった。
「やっぱり、なに?」
「二人で食べるご飯は、おいしいなあって」
 ちょっと上目遣い、グラス越しにエンゲを見つめる。今夜のご飯は、本当においしかった。前菜のブルスケッタも、主菜の羊の腿ローストも。しかしそれよりも、エンゲと二人で食卓を囲むこの時間が、なによりもおいしい。
 時計はもう十一時を過ぎていたが、まだまだ眠くはなかった。ガウンを羽織ったままの格好で寝室のナイトテーブルを挟み、二人はチーズとワインをすすめていた。
「明日は早くから、なんか難しい会議があるんでしょ?こんなに遅くまで、いいの?」
 アカリは全然、心にもないことをいってみる。
「そーね。学術協会の正会員就任式っていうのが、朝からね。学部長…レノックス教授の所にいかないといけないの」
「あー!知ってるよ。あの怖いヒトだよね…」
 口元のバゲットを、思わず取り落としそうになる。
「よくわかんないけど、気をつけてね、エンゲ」
 眉間に少し皺をよせて、アカリはテーブルに身を乗り出した。
「あのひと、エンゲをみる目がなんか、おかしいもん」
「そうね、底が知れない目だもんね…」
 しかしその瞳の中に、ときどき優しい、暖かな光が宿るのをエンゲは知っていた。元の指導教官が突然アカデミーを辞したあとで、何かと面倒を見てくれたのがリィン・レノックス教授だった。未だ仮説の域をでない自分の理論に対する支援、そして実験の下支えも…
「…エンゲ…」
 静かなアカリの声に、エンゲははっとなった。
「わたしといるのに…何考えてるの?」
 潤んだ緑色の瞳が近づいてくる。言い訳する隙もなく、アカリの唇がコトバを塞いだ。アカリは唇から胸元に濃密なキスを続けながら、ガウンの帯を器用に解いていった。唇はすぐに乳首を探りあてて、甘い香りがする突起が舌先で愛撫され始めた。
(誰にも、わたさないよ、エンゲ…)
 アカリは愛撫のたびに頸を仰け反らせるエンゲの耳元で甘く、小さくささやいた。
「ね、ベッドにつれてって…」
 白金の髪が、目の前で何度も揺れた。

 柔らかなエンゲの胸の中に抱かれながら、アカリは小さな息をついた。絞ったランプのアカリの中に、ベッドサイドの小さな飾り棚が、ぼんやりと浮かんでいる。そこには、銅製の厚い板が飾られていた。
「…これ、なんて書いてあるの?」
 'Nec possum tecum vivere, nec sine te.'
 それは何度かの野外調査のおり、土中に深く埋もれていたものを掘り出して持ち帰ったものだったが、何かココロに引っかかるものがあって、ずっと手元に置いたままになっていた。冷たい板面には、複雑な渦巻き模様の装飾を施した絵文字が刻まれていて、遥かな時間を越えて何かを宣告してきているようだった。
「なんて読むのかは、まだわからないけど…なんか、綺麗でしょ?」
 エンゲはそういうなり悪戯っぽく笑って、突然シーツを跳ね除けるとアカリに覆い被さった。不意を突かれて、魚のように暴れるアカリにのしかかったまま、彼女はおなかのタトゥをそっと指でなぞった。
「あなたのココには、ぜんぜんかなわないけどね」
「くすぐったいよ。やめて…」
「…やめたくない」
 エンゲはアカリのおなかに頬を寄せながら、囁いた。
「これも、なんて読むんだろうねー。とても綺麗な字だけど」
 アカリの故郷は、極東の郁・ニホムだという。しかし、戦役の前に何回か開かれた幻獣学会のおり、彼の地からやってきた研究者たちに照会しても、この文字と文様が何を意味するのかは皆目、わからなかった。
「ねー、このまま週末まで、うちに泊まっていって」
「うん…そうしようかな…」
 アカリは、はっとなって、肩をうかせた。
「やっぱりだめ。親方にお願いしてる鏃とコクチ、うけとりにいかないと。それに来週から、ギルドの研修も始まっちゃうから、準備もしないと」
「う〜、どうしても、いくの?」
 情けないエンゲの声に、ココロが、くらくらっとゆれる。
「そんなこといって。教授就任なんとかの準備は?」
 思いがけず、凄い勢いでもどってきた現実感に、エンゲは一瞬コトバにつまった。ほんのついさっきまで、暖かく甘い睦言を囁いた同じ唇が、こんなに現実的だなんて…
「うう。。。週末のお休みに、最後に根性で書けばなんとか、まにあう?みたいな」
 はぁぁぁ。またしてもこのオンナは。
 そりゃー、わたしだって研修なんてサボってしまいたいけど…
「それじゃあダメだよ、エンゲ」
「…わかってる」
 そんなことは、いわれなくてもわかっていた。本当は時間なんて、いくらあっても足りないほどなのだ。
 それなら、今だけ。
 エンゲは、アカリの小さな胸の中に目を閉じて、顔をうずめた。




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