商品の名前と値段を連呼する商人の声。
 立ち止まって値踏みする主婦。
 ベルナールの城下町ベルリオは、昼の雑踏で賑わっていた。
 そこから少し離れた場所に、幻獣屋が集まる歓楽街がある。
 十軒ほど並ぶ建物の中には、それぞれ牝の幻獣たちが捕らわれており、夜の酔客が快楽を
貪りに来るのを待ちかまえていた。
 その建物は普通の建物よりも堅牢な造りで、幻獣が逃げ出せないように魔法的にも備えがしてある。
生来、束縛というものを嫌う幻獣を捕らえたままにしておくのは並大抵の努力ではないが、
それだけの価値が彼女たちにはあった。
 そういった建物の中でも一番大きな店舗を構えているのは、ベルナール王国で最も繁盛している
幻獣屋「ギャミル・ハウス」。常に、二十体以上の幻獣を確保しており、一般客でも利用できる
普通の幻獣から、庶民にはちょっと手が出せないレア幻獣まで、豊富な品揃えが売りである。
 店主のギャミルが店の前を掃除していると、向かい側で同じように店の前を掃除していた
ミノタウロ専門店の主人が、ぺこりと頭を下げてきた。
「こんにちは、ギャミルさん。昨夜も繁盛なさっていたようで。いいですなあ。うちには貴族様が
来てくれることなど、滅多にありませんよ」
 にこやかな笑みを浮かべる、初老の男性。その姿だけでは、とても凶暴な幻獣を調教している
ようには見えない。ギャミルも、すぐに頭を下げて挨拶を返した。
「いえいえ、とんでもない。昨日の貴族様は、昔から贔屓にしてくださっているだけでして」
「ははは、ご謙遜を。そう言えば、この前……」
 ミノタウロ専門店の主人と世間話をしながら、ギャミルは考える。
(この店が出来てから、うちのミノタウロのミルキーの売り上げが減ったなぁ)
 ミノタウロとは牛の頭部と蹄を持った人間型の幻獣である。大抵の場所で確認されるほど
ポピュラーな幻獣であり、数も種類も多い。頭部に生えた角と強靱な筋肉から繰り出される
攻撃は充分に危険なのだが、労働力や性商品としての価値が高いので、狩人たちによって毎年、
相当の数が捕まえられている。
 ギャミルの店では、ミルキーという名前のミノタウロを飼っている。性格は従順で物覚えも
よく、ギャミルも目をかけている。だが、最近は、お客の指名の数を減らしていた。
「そうですねえ。王が遊牧民から強い戦士たちを連れてきてくれてきたおかげで、幻獣の
犠牲になる者はすっかり減りましたが。おかげで幻獣たちが街の近くに出てこなくなって、
狩人たちは遠出することが多くなったようですよ」
「いいことばかりは起こらないものですなあ」
 ギャミルの言葉に、ミノタウロ専門店の主人はうなずき返した。
 街の近くから幻獣がいなくなれば、それを捕らえようとする狩人たちは当然、遠出を
しなければならなくなる。狩人たちの手間が増えれば、それを仕入れるギャミルたちが
払う金も増えてしまうのだ。
(ミルキーの値段を下げようかな? いや、価格競争では専門店に勝てるわけがない。
となると、他の店に払い下げるか?)
 自分の言ったことに逆らったことがないミルキーには、確かにギャミルも愛着があった。
 しかし、維持するコストよりも売り上げが低い幻獣を置いておくわけにもいかない。
 初老の老人の店は、どこから集めてきたのか各地域のミノタウロがそろっており、
胸に触れれば乳液が噴きこぼれるジャージーガール、本当に押しつぶされかねない大きさの
胸を持つマタドール・キラーなど、他店では見られない、特別な種類のミノタウロも多い。
 そろえている幻獣のレベルでは、勝っているという自信があっただが、ミルキーの売り上げを
回復させる見込みは立ちそうになかった。
(いや、待てよ? この前、カルトン様が連れてきた、異国の大男の戦士。あいつに
抱かれたら、頭打ちだったジェイミーが一気に変成を迎えたな)
「平和になったので、遠くからも客が来るようになったのが救いですねえ」
「ええ、まったく」
 ミノタウロ専門店の主人と話しながら、ギャミルは素早く計算をめぐらす。
 あの北方民族の戦士に抱かれて、ジェイミーは低レベルの幻獣スライムから、一段上の
幻獣サファイア・スライムに変成した。宝石のようにきらめく青い髪は客にも好評で、
客数は格段に増えている。
(カルトン様に、また異国の大男の戦士を連れてきてくださるようにお願いしてみるか……)
 ミルキーを手放したくない、と心の底では思っていたギャミルは、そう結論を下した。
 
 
「へくしゅ!」
 カルトンが大きなクシャミをしたので、目の前の書類がバラバラと宙を舞った。
「風邪ですか、カルトン殿」
 向かい側の机で事務仕事をしているハインツが、カルトンの顔をのぞき込む。
「いえ。誰かが、私の噂をしたのでしょうな。メイベル殿が、また私のことで王妃に
文句でも言っているのでしょう」
 カルトンの放埒な趣味は、城下でも噂になっている。
 街の民はそのことを笑いながら話しているのだが、規律に厳しいメイベルやミルダラ王妃は、
カルトンのことを快くは思っていなかった。
「ははあ。そうかもしれません。よく、我が輩のところにも相談に来ますから」
 ハインツは45度の角度を正確に保った口ひげを揺らしながら、カルトンの言葉に答える。
騎士団長を務めているハインツは職務には厳格であり、メイベル司祭からの信頼も厚かった。
「この前も、ロルフが私の話を聞いてくれない、と文句を言っておりました。口で言って
わかるような相手でもないでしょうに」
「その様子だと、ハインツ殿はロルフ殿のよさを御理解なさったようですな」
 カルトンの問い掛けに、ハインツは軽く首を縦に振る。
「ニコラが世話になっております。であれば、悪く言うわけにはいかんでしょう」
「なるほど。戦場に出る者は、互いに何か、相通ずるものがあるのでしょうなあ」
 そのカルトンの笑いに、何か含まれているようなものがあったのだが、朴訥とした
ハインツがそれに気付くことはなかった。

 その頃、ユリアーネは上から回廊を見渡せる窓の前で、誰かを待っていた。
 待っているのは、異国の戦士ロルフ。
 一度、訓練場で会ってから毎日、彼に異国の話をせがんでいる。
(……どうして、メイベルも母上も、ロルフのことを嫌うのかしら?)
 昨夜、母親であるミルダラ王妃に呼び出されて、ユリアーネは長い説教を受けた。
 北方の蛮族の戦士に会い、親しく話していること。
 怒られた原因はそれだった。
 何が悪いのか、ユリアーネにはわからない。
 ロルフは、確かに態度はぶっきらぼうで臣下の礼を守ってはくれないが、それは自分が
まだ王族としてではなく子供として見られているからだと、ユリアーネは理解していた。
 その証拠に、ロルフは父親である王、クローヴィス3世の前では、きちんと礼儀作法を守っている。
だから問題はないと思っているのだが、ユリアーネの母の解釈は違っているようだった。
(二枚舌の蛮族。粗暴で、秩序というものを守る気が最初からない者)
 ミルダラは、ロルフのことをそう言っていた。
 ユリアーネは、そうは思わない。
 私達が守っているものとロルフが守っているもの。
 それが異なっているだけなのだと思っている。
(どこか見つからない場所で、二人きりで話すことが出来ればいいのだけれど……)
 メイベルが聞いたら卒倒しそうなことを思いながら、ユリアーネはロルフが回廊を通るのを
待ち続けていた。

「あっ、ロルフ。ご機嫌よう」
 嬉しそうに手を振るユリアーネの声に、階下の回廊を通っていたロルフは顔を上げた。
「ユリアーネか。あまり俺と話していると、メイベルや王妃に怒られるのではないか」
 ロルフが話して口を開く度に、閉じた唇に隠されていた発達した犬歯が見える。
「関係ありませんわ。私は、ロルフの話を聞きたいのですから」
 いつもの迷惑そうな顔。でも、嫌とは言わない。
 そのことを確信して、ユリアーネは大きな声でロルフに呼びかける。
「わかった。そこに行くから、どいていろ」
 ロルフはそう言った後、大きく屈み込んで脚に力を溜めた。
 跳ぶ。
 ユリアーネが後ろに身を退いた瞬間、ロルフの赤銅色の体が大きく伸び上がり、
窓枠に太い指がかかった。そして、いつものように軽々と懸垂して、ロルフはユリアーネの
いる場所までやって来る。そして、窓枠に腰を下ろすと、ロルフは話し始めた。
「そんなに、俺の話は面白いのか?」
「ええ、とても。私は城の外に出たことはありませんから。ロルフの話すことは、
全てが新しいことで、面白いことばかりです」
 華のようにほころぶ、ユリアーネの笑顔。青い瞳と、日の光を受けて輝く金色の髪が
とても美しい。だが、ロルフはニコリともせずに話を続けた。
「わかった。それでは今日は、俺たちの部族の神話でも話そうか」
「はい。聞かせて下さい、ロルフ」
 黒の戦士と白の王女。
 昼の優しい光の下で話す二人の姿は、美しい対称を描いていた。
 
 その姿を、遠くからミルダラ王妃が鋭い視線で見ている。
 ユリアーネと同じ、青い瞳と金色の髪。だが、その瞳に宿る光は冷たく、刺さるようだった。
 ミルダラは、クローヴィス3世の後妻である。
 前王妃ランセが世継ぎを残さずに急逝した後、王族の一人であったミルダラが選ばれ、
現王クローヴィス3世の妻となり、王妃となった。
 その頃の彼女は娘のユリアーネと同じ、憎むということを知らない天真爛漫の少女で
あったのだが。何かが、彼女を変えてしまっていた。
 ユリアーネとロルフが話しているのを止めようとはしない。
 だが、二人をこのまま放っておいてやろうとは、ミルダラは思ってはいなかった。
 
 
 訓練場の近くにある馬小屋で、他の騎士見習いの少年に混じって、ニコラは馬の世話をしていた。
 掃除をし、飼い葉を新しいものに代え、蹄鉄を削る。
 騎士になれば、ニコラも自分の馬を持つようになる。こうした馬の世話は騎士の大事な
仕事であり、見習いのうちに習熟しておくべきことだった。
「よしよし。よく食べるな、おまえは」
 一頭、一頭に話しかけ、頬を撫でてやるニコラ。
 彼が近づくと、ほとんどの馬が嬉しそうに顔を揺らし始める。
 親身になって世話をしている証拠だった。
 その中で、二頭だけはニコラが近づいても顔を背けて気付かないふりをしていた。
 ロルフの愛馬セキヨウと、ハインツの愛馬マクバレンである。
 特別に大きなセキヨウと、騎士団長であるハインツの馬であるマクバレンは、特別に
造った大きな馬小屋に並んでつないであった。
「お二人はまだ来ないよ。仕事中だからね」
 ブルル。
 軽く返事をしたのか。セキヨウとマクバレンの二頭が、小さくいなないた。
 それを聞いてニコラは苦笑し、別の馬の世話を始める。
(いつか僕も、あんな馬を乗りこなせるようになれるのかな……いや、なってみせるぞ)
 少年の大きな志を、誰も知らない。
「あっ、ここにいた。ニコラ! カルトン様が、おまえを呼んでいるぞ!」
 息を切らせて、書記見習いの少年が走ってくる。
 ニコラと同い年で、今は書き物よりも小間使いで走っている方が多いという少年だ。
「カルトン様って……公爵様が? どうして、僕なんかを?」
 不思議そうに、ニコラのオカッパ頭の髪が揺れる。
「知るかよ。とにかく、早く行ってくれよ。待たせたら、僕が怒られるんだからな。
それじゃ頼んだぞ!」
 他の用事も言いつけられているのか、少年はそれだけ言い捨てると、急いで別の場所へと
走っていった。
「なにかなあ。公爵様が、僕みたいな騎士見習いに用事なんてないと思うんだけど」
 純朴で素直なニコラには、カルトンが彼に何をさせようとしているのか、全く想像することも
出来なかった。
 
 
 ピシッ、ピシッ……。
 密室に、軽い鞭の音が響く。
 短い鞭を振っているのは、幻獣屋「ギャミル・ハウス」の店主、ギャミル。
 鞭打たれているのは、床に這いつくばっている若い女性。革の首輪をかけられた女性は、
背中に小さなミミズ腫れをいくつも作っており、歯を食いしばって、ギャミルの鞭打ちに耐えている。
黄色と黒の二色で構成されたメッシュの髪が、小刻みに揺れていた。
 これが人間の女性であれば、ギャミルは捕まって投獄されているところなのだが。
 よく見ると、鞭打たれている女性の大きめの腰から、かなりの太さと長さを持った何かが伸びている。
背骨からつながるように真っ直ぐに伸びているのは、鱗が生えた爬虫類の尻尾。
黒地に黄色い縞が縦にならんでいる模様は、オオトカゲのそれを思わせた。
 ピシッ!
「くうっ!」
 ギャミルが鞭打つ度に、女性の尻尾が小さく揺れ、彼女が痛みに耐えていることを知らせる。
 鞭打たれている女性は、人間ではない。牝の幻獣で、リザードウーマンと呼ばれる種族だった。
 ギャミルは鞭打っていた手を止めると、吹き出した汗をぬぐう。
「……反省したか、リディ?」
 随分と長い間、鞭打たれたのだろう。
 女性の背中はミミズ腫れで覆い尽くされて真っ赤になっており、小刻みに震え続けている。
「……」
 悔しげに唇を閉じたまま、リザードウーマンの女性リディは、赤くなった背中をギャミルに
向けたままで、小さくうなずいた。
「よし。これに懲りたら、二度と逆らうんじゃないぞ」
 ギャミルが女性に行っていたのは、幻獣屋のスタッフが行う業務の一つで、「しつけ」と
呼ばれるものである。幻獣は人間の精気を必要とする存在であるが、束縛されることを極端に
嫌う。幻獣屋が狩人から彼女たちを引き取っても、すぐに客へ体を提供してくれるわけではない。
そのため、幻獣屋のスタッフは懐柔や強制、時には薬品まで使用して、彼女たちを「使用可能」な
状態に変えなくてはならない。鞭による「しつけ」は、まだ軽い方だと言えた。
 ギャミルが魔法で保護された扉を閉めて部屋から去ると、リディは悔しげに頭を垂れた。
「……おのれ、人間め」
 爬虫類を思わせる黄色の瞳に、涙がにじんでいる。
 彼女が住んでいたのは、ベルナール城から遠く離れた北部の山岳地帯。
 まだ未熟な狩人に捕らわれた彼女は、競り市でギャミルに安値で買われた。
 魔法で強化された檻に閉じ込められて運ばれていた時、ある程度、自分の運命は覚悟していた。
(人間は幻獣を捕らえて狭い場所に閉じ込め、慰み者にすることがある)
 仲間から聞いた噂話が、現実に自分の身に降りかかっているのだ。
「……おのれ、おのれ」
 くやしさを、何度も口に出すリディ。
 無理矢理に人間の男に抱かれるのは、幻獣でも屈辱だった。
 独居生活を習性とし、プライドが高いリザードウーマンの彼女にとっては、なおさらである。
 しかし、魔法で保護された扉は頑丈で、仮初めの姿である黒いオオトカゲに体を変化させる
ことも出来ない今となっては、逃げる方法はなかった。
(この建物の中には、喜んでギャミルに従っている幻獣もいるが、リディには理解できなかった。
 自由を奪われ、客を取ることを強制され、逆らえば「しつけ」が待っている。
(従うしかないのか……)
 リディの目の前を、絶望が覆っていた。
 
 それから、三日ほど経った頃。
 夜のベルナールの城下町を、一台の馬車が走っていた。
 ガタガタガタガタ……。
 ひび割れた石畳の上を木の車輪が回り、時々、起伏を踏んで大きく揺れる。
「あいかわらず狭苦しい乗り物だな。どうやっても頭がつかえる」
 天井に当たりそうになる頭を気にしながら、ロルフは不機嫌そうな顔で、向かい側の席に座る
カルトンに話しかけた。
「縦横無尽に馬を扱われるロルフ殿でも、馬車は苦手のようですな」
 そんなことを言って、カルトンは笑う。
 その横に座って居心地が悪そうにしているのは、騎士見習いの少年ニコラ。
 鍛え上げられた赤銅色の肉体を持つ大男の戦士ロルフと、恰幅のいい老貴族カルトンに
挟まれていると、ニコラの体はずいぶんと細く、青白いように見えた。
「あっ、あの……ロルフ様。今から、どこに行かれるのでしょうか?」
 三日前に、いきなりカルトンに呼び出されたニコラは、何も知らされていない。
 不安そうな顔で質問してくるニコラに、ロルフは発達した犬歯を剥き出して笑った。
「カルトン公爵のお気に入りの場所だ。きっと、おまえも気に入るだろう」
「ははは。まさしく、そのとおり」
 カルトンも満面の笑みを浮かる。
 耳ざとい同年代の他の少年であれば、自分が連れて行かれるところがいかがわしい場所だと
悟ることが出来ただろうが、純朴で朴訥とした少年であるニコラは、不安に襲われるだけであった。
 ガタガタガタガタ……。
 騒がしく鳴り続けていた車輪の音が止まった。
「おお、どうやら着いたようですな。ニコラ、扉を開けなさい」
 カルトンに命じられて、ニコラは馬車の扉を開け、先に馬車から降りた。
 続いて、カルトンとロルフが馬車から降りてくる。
「ここは……」
 降りた場所の辺りを見回して、ニコラの顔が曇る。
 そこは夜の城下町で、酒に酔って赤い顔をした男たちが街の通りをうろついている場所だった。
 狭い路地、密集する建物、立ちこめる酒の臭いと時たま上がる酔っぱらいの怒鳴り声。
 退廃の雰囲気を感じて、ニコラの顔にまた新しい不安が刻まれた。
「なにをしている、ニコラ。早く入れ」
 立ちすくんでいるニコラの背中を、ロルフの大きな手が押した。
 押された先には、「ギャミル・ハウス」と書かれたショッキング・ピンクの看板を掲げた、
いかがわしい店がある。ニコラは慌てて首を横に振る。
「ぼっ、僕、ここで帰ります。いえ、帰らせてくださいっ!」
 振り返ってロルフに懇願したが、赤銅色の肌をした大男は、やはり発達した犬歯を剥き出しに
して笑うだけだった。その横で、カルトンも同じように笑っている。
「いいから行け。せっかく、カルトン公爵がお誘いになっているのだ」
 わざとらしく丁寧な言葉を使いながら、ロルフは強引にニコラを店の中に押し入れてしまった。

「これは、これはカルトン様。お出迎えもせず、失礼をいたしました」
 「ギャミル・ハウス」の中に入ると、接客をしていた店主のギャミルがすぐに腰を曲げ、
揉み手をしながら近寄ってきた。相変わらずのにやけ顔にしか見えない愛想笑い。
 そんな表情も恐ろしいのか、ニコラはロルフの影に隠れるようにして後ずさった。
「おお。これは、これは。お若い方までお連れ下さるとは。ええ、ええ。とびっきりの幻獣を
用意させてもらいますよ」
 ニコラが怯えているのも気付かずに、ギャミルは上機嫌で調子のいいことを言う。
「ギャミル。メニュー帳を出しなさい。私が見繕いましょう」
「それは、それは。カルトン様の見立てなら間違いはございませんでしょう」
 金を払ってくれる相手であるカルトンに、ギャミルは素早くメニュー帳を手渡した。

 スライム      ジェイミー  値段からは信じられないようなテクニック。夢の快楽。
 ケット・シー    タマ     毛並み抜群。尻尾が貴男の急所を直撃。
 ミノタウロ     ミルキー   幻獣屋定番の巨乳娘。埋もれたい方に。
 ジャック・ランタン プリン    小さな体に灯る、赤い火。情熱的な貴男に。
 リザードウーマン  リディ    手つかずの新人。調教も最低限。新鮮さを貴男に。
 リトル・ホフ    ウイニー   北方より新人到着。腰使いは遊牧民族ゆずり。
            ・
            ・
            ・
「そうだね……初めての相手であれば、導いてくれる相手がいいね。チグサは空いているかな?」
 チグサとは、カルトンの一番のお気に入りで、ファンガスというキノコ型の幻獣である。
 テクニックは「ギャミル・ハウス」でも飛び抜けており、なにより全身から薫るフェロモンが
たまらない。気だても優しいので、初心者のニコラにはふさわしい相手に思えた。
「俺は、こいつがいいと思う」
 横から、ロルフがリトル・ホフのウイニーという名前を指差した。
「リトル・ホフ? それは初めての者には厳しいでしょう」
 リトル・ホフとは、山羊の尻尾と下半身を持つ幻獣で、牧羊神系という分類に属する。
非常に強い性欲を持っていることで有名で、上位種であるパンと共に、人間の精気を空になるまで
搾り取ってしまうと恐れられていた。
 いくらニコラが若いとはいえ、彼女たちの性欲を満足させるのは並大抵のことではない。
「俺の初めての相手はそうだった。俺たちの住んでいた国では群生していてな。森に入っては
世話になったものだ」
 細い目をさらに細めて、ロルフは懐かしそうに語るが、カルトンは首を横に振った。
 肝心のニコラは、小さくなってソファーに座っている。
「そうか。となると、誰がいいかな……」
「そうですな……」
 真剣に品定めをするロルフとカルトン。そこに、ギャミルが口を出した。
「それなら、リザードウーマンのリディがふさわしいかと思いますよ」
 その言葉に、ロルフとカルトンは意外そうな顔をする。
「手つかずの新人で、調教をほとんどしていないと書いているではないかね。そんな幻獣に
初心者を組ませるのは危ないだろう」
 幻獣は魔法で逃げられなくしてある他、調教や他の処置を施すことによって、人間に
逆らえなくしてある。それでも危険な存在には違いないから、デビューしたばかりの新人幻獣に
初心者が手を出すのはタブーとされていた。
「いえいえ、そこらへんは大丈夫です。太鼓判を押しますよ。最低限の調教ということは、
必要な調教のみを選んで済ませてあるということですから」
 思惑を隠しながら、ギャミルは一生懸命にリディを勧める。
「そうか。なら、ニコラ。おまえはリディのところに行け。戦果を上げて来いよ」
 ドン、とロルフがニコラの背中を押した。よろけながら、ソファーに座っていたニコラが
立ち上がる。ギャミルはにやけ顔を崩さないようにしながら、青い顔をしているニコラを、
リディが待っている部屋へと連れて行った。
 扉を閉めると、急いでギャミルが戻ってくる。
 次はロルフとカルトンの番だ。
「俺は、この前のスライム、ジェイミーでいい。部屋は右から三番目だったか?」
「私はチグサで構わないよ。いつもの部屋に行けばいいんだね」
 めいめい自分で動こうとする二人。ギャミルは揉み手をしながら、ジェイミーの部屋に行こうと
するロルフの前に立ち塞がった。
「すいません、ロルフ様。実はお願いがあるのですが」
「なんだ? 邪魔をするな」
 ギャミルを押しのけて、ロルフは前に進もうとする。そうはさせまいとギャミルは頑張る。
「いえ、実は、うちの幻獣でぜひ、ロルフ様に抱いていただきたい者がおりまして。
ミノタウロのミルキーという娘なんですが。お願い、聞いてもらえないでしょうか?」
 懸命に「お願い」を続けるギャミル。耳を貸そうとしないロルフ。
 カルトンは面白そうに、その様子をながめている。
 トン! トン!
 ジェイミーの部屋の中から、扉をノックの音が聞こえてきた。

「お兄さん! お兄さんなんでしょ!? 精気の気配でわかったよ。あたしに会いに来てくれた
んだよね? お兄さん、お兄さん!」

 上等の精気を得ようと、懸命に呼びかけてくるジェイミーの声。ロルフも、それを聞いている。
「ジェイミーでいい」
 ロルフが無理に前に出たので、岩のように固い彼の腹筋が、ギャミルの顔にぶつかった。
「いてて! ……わかりました。それではミルキーを抱いてから、ジェイミーを楽しんで
いただくというのはどうでしょうか?」
 なにを、そんなに頑張っているのか。
 ロルフはギャミルの顔をにらんだが、ギャミルは冷や汗を流すばかりで退こうとはしない。
ついに、ロルフの方が根負けした。
「わかった。ミルキーというミノタウロを抱けばいいんだな」
「はい! ええ、さすがはロルフ様! 寛大な心を持っていらっしゃる。ミルキー!
ロルフ様だ! 一種懸命、ご奉仕するんだぞ」
 ジェイミーの部屋と反対側の扉を開け、ギャミルはロルフをミルキーの部屋に案内する。

「ああん! ギャミルおじさんの馬鹿! お兄さんの意地悪!」

 食い物の恨みは恐ろしい。
 ロルフの精気を食べ損なったジェイミーの怒りの声が、扉を震わせていた。
「さて、カルトン様はチグサの方に……あれれ、もう行ってしまったか」
 決着まで見守ったカルトンは、一番奥にあるマツファンガスのチグサの部屋に、一人で
行ってしまったようだ。
 まだ待っている他の客の相手をしながら、ギャミルは頭の中では喝采を上げていた。
(お金はカルトン様が持ってきてくれるし、上等の精気はロルフ様が持ってきてくれる。
しかも、初精までくださるとは、本当にありがたい。大切にしなくてはな)
 初精(ういせい)とは、まだ精通を起こしていない少年の精液である。
 初めての射精で出てくる精液が持つ精気は、幻獣にとってはたまらないようで、
「初精喰い」をするために人間の男の子を誘拐して、自分の巣で養っていた個体の話があるほどだ。
 あの少年の年齢なら、まだ精通を起こしていなくても不思議ではない。
(リディの頑なさが、それで少しは改善してくれれば儲けものだ)
 ギャミルのにやけ顔が、ますます酷いものになっていた。
 
 その頃、リディは自分の部屋で困惑していた。
 押し込められるように部屋に入った少年が、扉の前に立ったまま、ピクリとも動かないのだ。
「おっ……女の人が……裸でいる……」
 うわ言をつぶやきながら、裸でいるリディの姿から目をそらし、処女のように震えている。
(変な人間……いつものように、私を慰みものにするのではないのか?)
 床に横たわっていたリディは腰を上げて、まだ騎士見習いの服を着ている少年に近寄った。
 少年は、カルトンとロルフに無理矢理、幻獣屋に連れて来られたニコラである。
 太くて長いオオトカゲの尻尾を揺らしながら、リディはニコラの顔を見つめた。
(若い……まだ、子供なのだろうか?)
 ギャミルの店に来る客は、もちろん大人の男性ばかりである。
「どうした? 私を抱きに来たのではないのか?」
 リディが尋ねると、ニコラはビクンと肩を振るわせてから、首を何度も横に振った。
 目の前に、リディの小振りな乳房がある。
 淡いピンク色の、小さな乳首に目が吸い寄せられそうになるのを、ニコラは必死に耐えている。
 そんな少年の姿は、リディが今まで出会ったことのないものだった。
「そっ、そんな……僕は、そんなつもりじゃ……」
「服を脱いで。そのままではやりにくいから」
 そう言ってもニコラが自分で服を脱ごうとしないので、リディは騎士見習いの服の裾に
手をかけた。細く、しなやかに伸びている指は、外見よりも力がある。脱がされまいと必死に
服をつかむニコラの手を引きはがすようにして、リディは強引にニコラの上着を脱がした。
「うっ、うわっ……うわっ……」
 何が恐ろしいのか、ニコラはリディの前から離れ、部屋の中へと逃げる。
 白い背中は想像よりもずっと締まっていて、無駄な贅肉は一つも付いていなかった。
 ゴクリ。
 思わず喉を鳴らしてしまって、リディは恥ずかしそうに口を押さえた。
(美味しそう……)
 裸になったニコラの上半身から、早くも上等の精気の匂いがする。
 ギャミルや他の客に抱かれたことがあるが、そんなものとは比べられない程の匂いが、
リディの食欲を刺激した。たまらなくなって、リディはニコラに近寄り、彼を部屋の端へと
追いつめる。細い足をもつれさせるニコラを追い込むのは、とても簡単だった。
「やっ、止めてください。ぼっ、僕は……」
 怯えるニコラ。その様子に、リディは思わず微笑んでしまった。
「あなたの名前は?」
 リディが話しかけると、少年はそむけていた顔を、怖々と彼女の方に向けた。
「にっ、ニコラです。あなたはリディさんですよね……」
 幻獣を「〜さん」と呼ぶ。少年は本当に自分を怖がっているようだ。
 それも幻獣としてではなく、自分を牝として怖がっている。
 背中で快感で震えるのが、自分でもわかった。
「そう。私はリディ。ニコラ、怯えなくてもいい」
 リディの言葉を聞いて、ニコラは安心したのか、ほっと溜め息をついた。
 その隙を逃さず、リディは少年の履いているズボンに手をかける。
「うっ、うわっ! リディさん!?」
 ズポっ!
 リディがズボンを思い切り引っ張ると、それは脱皮の時の皮のように気持ちよく脱げた。
 その勢いで、ニコラは無様に床に転んでしまう。
「いっ、いつつ……」
 床で打った肘を押さえ、顔をしかめるニコラ。リディの視線は、彼のまだ未成熟な性器に
突き刺さっている。白いアスパラガスのような、細く、小さな男根。
 だが、そこから溢れ出るかのように漂う精気は、リディの尻尾の近くにある彼女の
陰門を濡らすのに充分な香りを放っていた。
「うっ、うわぁ……!」
 リディの視線に気付いたニコラが、倒れたままで、あわてて性器を手で覆い隠そうとする。
 ピシュっ!
 その手を、リディの尻尾が払い飛ばした。
「隠さないで。もっと、よく見ていたいから」
 床に背中を着けたニコラが、青ざめた顔でリディの体を見上げた。
 黄色と黒の二色で構成された、鮮やかなメッシュの髪。
 小降りな乳房は形良く張っており、その下には細い腰が続く。
 そして、大きすぎると思える尻の後ろでは、黒地に黄色い縞が縦にならんでいるオオトカゲの
尻尾が、ゆっくりと大きく揺れていた。
「怯えないで。お願いだから……」
 たまらない。
 ニコラの体に覆い被さるようにして、リディは彼の上にのしかかった。
「あうっ!」
 自分の胸の上で乳房が潰される柔らかい感触に、ニコラはうめき声を上げる。
「初めてでしょう? こんな風に幻獣に触れるのは」
 熱い息が吹きかかるほど近くに、リディの顔がある。
 じっと自分の瞳を見つめるリディに、ニコラは力無くうなずいた。
 微笑み。
 リディの無垢な表情に、子猫のように怯えていたニコラの震えが止まる。
 そっと、リディの手がニコラの未成熟な男根に当てられた。
「りっ、リディさん……?」
 もう止めてとは言わなかった。何かが起こるのを期待して、ニコラの息が止まっている。
 ちゅく。
 陰門は、もう充分に濡れていた。股の間で指を伸ばすと、もう糸を引くほどに愛液が
したたり落ちているのがわかった。
「もらうよ。あなたの初めてを」
 リディが腰をうごめかすと、まるで吸い込まれるようにして、ニコラの男根は彼女の
陰門の中へと挿入された。
「ひゃうっ!」
 ぬめるような粘液の感触。まとわりついてくる粘膜。
 指のように細いニコラの性器を、リディの膣口はしっかりとくわえ込んでいた。
 びくっ、びくっ!
 怯えとは違う震えが、ニコラの胸を激しく揺らす。
 彼の初めての射精が、リディの中を満たしている。
「あっ……美味しい。すごく、美味しい……」
 ニコラの白い頬に浮かぶ汗を指先でぬぐいながら、リディは嬉しそうに微笑む。
 精気不足で消滅寸前の時に喰らった人間の精気。
 幻獣屋で無理矢理に喰らわされた人間の精気。
 そんなものとは比較にならないほどの充実感が、リディの体を包んだ。
「なっ、何か出ている……オシッコ?」
「違うよ。出ているのは、あなたの精気。私たち幻獣が欲するもの」
 上にのしかかったまま頬を撫でると、ニコラはくすぐったそうに首をすくめた。
「精気……こんなに気持ちのいいものなのですか?」
「ええ。とても気持ちがいい。私も、あなたもね」
 少年の性器は、まだ固いままだ。
 リディは締め付けを続けながら、ニコラを上から黄色い瞳で見つめている。
「もっと気持ちよくしてあげる。大丈夫。私、あなたを気に入ったから」
「きっ、気に入る? 僕のことを?」
 信じられない、といった表情で、ニコラはリディの顔を見上げた。
 頬は赤く染まっていて、少年がどれだけ動揺しているか察することが出来る。
 リディは軽く腰を蠢かして、返事の代わりとした。
 ニコラの男根を締め付けて話そうとしないリディの膣が、根本から、それを動かした。
「ひゃううう!」
 送られてくる快感に、ニコラは悲鳴を上げる。
 その様子に、リディはまた微笑みを浮かべた。
 


                                 

   


次の話へ



トップへ