第一章 変わらぬ日々


 チ、チチチチチ。
 ベルナール王国の首都ベルリオに、ベルナール城はある。
 その城の中央に位置する、見張り塔。
 そこにある見晴らし台で、小鳥が鳴いている。
 チ、チチチチチ。
 小鳥は、白い手の平の上にあるエサを一生懸命ついばんでいた。
 エサを乗せた右手を空に掲げて、慈しむような瞳で小鳥を見つめている少女。
 膝の近くまで伸ばした長い金髪が、朝日を反射して美しく輝いている。
 少女が着ている純白のドレスは、この時代では庶民には手が届かないほど高価な絹糸で
作られていて、彼女が高貴な身分であることをうかがわせた。
「ユリアーネ姫。こちらにいらっしゃいましたか」
 突然、背中から誰かに声をかけられたので、ユリアーネ姫と呼ばれた少女は驚いて、
手を動かしてしまう。
 チチチチ。
 小鳥も驚いて、ユリアーネの手から飛び去ってしまった。
「申し訳ありません、姫様。驚かせてしまったようですね」
 凛とした、それでもすまなさそうな声で謝罪の言葉を述べたのは、丸眼鏡をかけた神官姿の女性。
 ベルナール王国で信仰されている山神イクサーの女司祭。
 まっすぐに伸びた背筋も、肩のところで切りそろえられた黒髪も、かけている丸眼鏡も、
彼女の生真面目な性格を現しているようだった。
「いいえ、メイベル。気にしないで下さい。また、明日も会えますから」
 自分の家庭教師役である女司祭メイベルにそう言うと、ユリアーネは見張り塔から降りるため、
階段の方へと向かった。その後ろにメイベルが続く。

「えい! やぁ! たあっ!」
 ガン! ガン! ガシン!

 見張り塔の階段を降りていると、城の中庭近くにある訓練場から響く掛け声が聞こえてきた。
「ニコラは頑張っているようですね」
 メイベルが何気なく、そうつぶやく。
 ニコラとは、今年、騎士になれるだろうと言われている騎士見習いの青年の名前。
 ユリアーネより一歳年上だったはずだが、騎士になるには随分と早い年齢だ。

「てい! たあっ! どりゃあ!」
 ガシ! ガツ! ガガン!
 
 撃剣の激しい音が、遙か上にあるはずの見張り塔の階段からも聞こえる。
「相手をしているのは誰かしら。随分と手強い相手のようだけれど」
 メイベルの独り言に、ユリアーネは首をかしげた。
 早朝に、正規の騎士が訓練をすることはない。
 そういった時間は、騎士見習いや戦士を志す青年のために訓練場を開放しているはずだ。
 
 ドガっ!
「うわあああああっ!」

 なにかが激しくぶつかる音と、二コラの悲鳴。
「ニコラが一撃で?」
 心配と好奇心、その両方に突き動かされたユリアーネは、ドレスの裾をつかんで、
急いで階段を降り始めた。
「まあ、ユリアーネ姫。はしたないですよ」
 メイベルがすぐにお小言を言ったが、そんなことには耳を貸さずに、ユリアーネは早足で
訓練場が窓から見える一階まで降りていく。

 精緻に積まれたブロックで構成された、石造りの窓。
 そのアーチ状の穴から、ユリアーネは訓練場の様子をながめた。
 訓練場の中央に立っているのは、木の棹を構えた巨漢の戦士。
 その前で、大の字に倒れたニコラが苦しそうに息を吐いていた。
「真正面から攻め込むだけでは、戦いには勝てんぞ」
 木の棹を構えたままで、巨漢の戦士がそんなことをニコラに言う。
(わっ……牙?)
 巨漢の戦士の発達した犬歯を見て、ユリアーネはそう思ってしまった。
 赤銅のように焼けた肌。全身に盛り上がった筋肉。そして、2メートルは越えている巨体。
「あんな人が、ベルナールの騎士でいたかしら? それとも、新しく城に雇われた戦士?」
 城の中では、初めて見る顔だ。
 訓練場にいる異形の戦士の姿を見て、ユリアーネの好奇心がわき上がってくる。
 中に入ってみようか。
 そんなことを思い始めた時、後ろからメイベルが追いついてきた。
「ゆっ、ユリアーネ姫! 見てはなりません!」
 訓練場が見える窓から引きはがすようにして、メイベルはあわてて、ユリアーネの手を引く。
「どうしたの、メイベル。そんな顔をして」
 滅多に笑うこともないメイベルが焦りに焦っている様子がなんだか面白くて、ユリアーネは
吹き出しそうになりながら、窓から離れた。
「あの者は、王様が気紛れで連れてきた蛮族の戦士なのです。傍若無人で、規律というものを
まるで知りません。もしも姫様の身に何かあったら……」
 恐怖に引きつった顔で、メイベルはユリアーネに説明をする。
「そう言えば、父上が北方の遊牧民族から戦士の皆様をお借りしたと言っていましたね。
それでは、あの者がそうなのですか?」
 異国の戦士。
 異文化で育った者の存在を知って、ユリアーネは青い瞳を好奇心で輝かせていた。
「そうです。ですが、ユリアーネ姫。決して、あの者に近寄ってはいけません」
 その瞳を見て、メイベルの顔が険しくなる。
「どうしてですか? 私は、あの者に異国の話を……」
 思わず、ユリアーネは反論してしまった。
 いろいろと聞きたいことがある。
 ユリアーネは、ベルナール城の外から出たことがない。
 異国の風景、建物、人々……知りたいことは山ほどある。
 だが、メイベルの丸眼鏡の奥に光る冷たい瞳は、一際厳しい光を放っている。
「近寄ってはなりません。わかりましたね?」
 断固としたメイベルの態度に、ユリアーネは折れないわけにはいかなかった。
 
「どうした。もう、くたばったのか?」
「まっ、まだまだーっ!」
 ダッ!
 
 戦士の挑発的な声と、ニコラが起き上がって駆け出す声。
 ユリアーネは石造りの窓から聞こえる声に後ろ髪を引かれながら、その場から離れた。


 ユリアーネが朝の習い事をしている頃。
 二人の男性が執務室で書類をまとめながら、世間話をしていた。
「最近、ニコラの奴が強くなってきました。喜ばしいことです」
 一人は、鎧を着た男性の騎士。年は四十歳といったところだろうか。四十五度の角度を正確に
保って伸びている口髭が特徴的だ。
 その髭をゆらしながら、中年の騎士は嬉しそうな顔をしている。
「毎朝、ロルフ殿と特訓をしているようですな。ニコラは将来、ベルナールの平和を守る騎士に
なる者ですから。まったく、喜ばしいことです」
 領地で起こった諸々の事柄をペンで紙にまとめながら、中年の騎士の向かい側の机に座っている
貴族の老人が、突き出た腹を揺らしながら朗らかに笑った。それに合わせて、白くなった頭髪も
揺れている。
「ロルフ……あの無法者のことですか」
 ロルフという名前を聞いた途端、それまで嬉しそうな顔をしていた中年の騎士の表情が
苦虫を噛みつぶしたようになった。だが、貴族の老人はそんなことは意にも介さずに、話を続ける。
「確かに、素行に問題がないとは言えませんが。実力は確かですぞ、ハインツ卿。
ほれ、この前も北部の村の牧場を狩り場にしていたグリフォンを退治したではありませんか」
 ハインツと呼ばれた中年の騎士の表情は、まだ険しいままだ。
「退治した後が問題ですぞ、カルトン公爵。なんということか、あの無法者は退治したグリフォンの
とどめを差さずに、逃がしてしまったではありませんか」
「おお、聞いております。なんと、グリフォンを力ずくで犯してしまったとか。凄まじき豪傑。
王が自ら連れてくるだけはありますなあ」
 北方の遊牧民族の戦士ロルフの武勇伝を楽しそうに話す貴族の老人、カルトン公爵。
 それを聞いて、ハインツはさらに眉を曲げた。
「カルトン公爵。国家には規律というものがあるのですぞ。好き勝手に行動してよいというものでは
ないのです」
「それはそうですが、ハインツ郷。面白いものは面白いですぞ」
 ハインツが困って頭を抱えている間にも、カルトンは流れるようにペンを動かして領地報告を
書きつづっている。

 約束の時間までには仕事を終わらせないといけない。
 まだ頭の固いハインツと遊ぶのは面白いが、遅刻はマナーに反する。

 カルトンはそんなことを思いながら、王に報告するための書類を書き続けた。
 
 
 その頃、噂の人ロルフは、自分の部屋で汗に濡れた訓練着を脱いで、着替えているところだった。
 上半身むき出しで立っているロルフの体は、全てが厚い筋肉で覆われていた。
 部屋にいるのは、ロルフだけではない。
 ロルフの赤銅色の背中にすがりつくようにして、メイド服を着た女性が立っている。
 背は高いが細身で、清楚なイメージを与える整った顔立ち。
 ちゅ……ちゅ……ちゅ。
 そのメイドの赤い舌が、瘤のように隆起したロルフの背中の上を這っていた。
 汗と唾が立てる、ぬめった音が部屋の中で響く。
 背骨の走る窪み、分厚い板のような肩甲骨の上の筋肉。
 舌を這わされているロルフは平然とした顔をしているが、メイドの頬は赤く上気しており、
彼女がひどく興奮していることをうかがわせた。
 ちゅ……ちゅぱ……ちゅぱ。
 背中の汗は、すでに引いている。
 今、ロルフの背中を濡らしているのはメイドの唾液だ。興奮して量が増しているのか、
水っぽい音は大きくなっている。
「んっ……きゃあ!」
 無心で背中を舐めているメイドの腰に手をやると、ロルフは軽々と彼女を自分の顔の前まで
持ってくる。丸太のように太い腕が成せる技だ。
「いつまで舐めているつもりだ、ステラ」
「あっ……その、ロルフ様の汗が乾くまで」
 上下四本。発達した犬歯が生えた口を開けて笑うロルフの顔を見て、ステラという名前のメイドが
申し訳なさそうに微笑みを返した。その薄い唇に、ロルフが舌を這わす。
「んっ……んあっ」
 湿っぽい吐息が、ステラの唇から漏れる。
 ステラの細い腰が、ビクン、ビクンと何度か震えた。
「ロルフ様……あの、私……」
 切なさそうに胸に体をあずけて、自分の顔を見上げるステラにロルフは笑いかける。
「首にしがみついていろ」
 ロルフはステラの両手を持って、自分の首の後ろを持つように導くと、無造作に彼女の
履いているスカートの裾から、その中へと手を入れた。
「あぁ。ロルフ様、早く。お願いです」
 ステラの履いているパンティの縁に、ロルフの太い指がかかる。それを合図に、
彼女はロルフの首にぶらさがるようにして、しがみつく。
 身長差がかなりあるので、自然とステラの足は宙に浮いた。
 その宙に浮いた右足を抱えるようにして、ロルフはステラの足を持ち上げる。
 ステラの若干、小振りな胸と、ロルフの鍛え上げられた胸。
 その間の狭間から、ロルフの黒ずんだ男根が見えた。
「入れるぞ。手を離すなよ」
「あっ……はい」
 期待に潤んだステラの黒い瞳が、細く尖ったロルフの目を見つめる。
 垂直に立ち上がった肉の棒が、すでに潤みきった淫口に当てられた。
 ステラは丸く白い尻を上げたまま、ロルフの動きを待っている。
 ロルフは彼女の腰に手を当て、やはり無造作に下へと押した。
 じゅぬり。
 メイドが履いているスカート越しに、ロルフの男根が彼女の中に入っていく音が聞こえる。
 みち、みち、みちみち……。
 限界まで広がっているのか、ステラの膣道とロルフの肉棒がこすれる音が部屋に響く。
「あっ、ああああっ!」
 苦痛なのか、それとも快感なのか。どちらともつかないステラの喘ぎ声。
 その口からは溢れた唾液が伝い、頬を辿って、ロルフの胸の上へと落ちていく。
「あっ、あっ、はあ。すごい。奥に当たっている……」
 焦点の合わない目で天井を見上げながら、ステラはつぶやいた。
 自分の体の奥の奥まで届いている、異国の戦士のたくましい巨塔。
 胸に当たる張り詰めた筋肉。強引に自分の足を抱えている太い腕。
「動くが、大丈夫か?」
「おっ、お使い下さい。私は大丈夫ですから」
 内奥を満たされているステラの精一杯の声。

(俺から誘ったわけではないのだがな)
 
 ロルフは苦笑しながら、まるで赤子をあやすようにして前後左右に体を揺すり始めた。
「あっ! いやっ! あっ、あああっ!」
 じゅぷ、じゅぷ、りゅぷ。
 ロルフが体を揺する度に、ステラの体は浮き上がり、スカートの陰から彼女の中に納められている
黒い男根が見え隠れする。
「ひっ! あっ! いや! いやああっ!」
 ずぬり、ずぬり、ずぷり。
 快感と振動で振り落とされそうになったステラは、必死にロルフの首にすがりつく。
 ギリギリとステラの爪がロルフの背中に突き刺さるが、ロルフは別段、苦痛を感じた様子はない。
 そんなことにはかまわずに、ステラの右足を抱えたまま、彼女の体をまるで何かの楽器を弾くかの
ように、自由自在に揺すり続けている。
「あっ! 駄目! 弾ける、弾けるぅ!」
 部屋の壁をステラの淫らな声が揺らす。ロルフは彼女の体から薫る汗の香りを楽しみながら、
一際大きく、腰を上に突き上げた。
「あっはぁ!」
 伸び上がったステラの首が、まっすぐに天井にあえぎ声をぶつける。
 途端、彼女の体が緩やかに痙攣を始めた。
 筋肉が弛緩し、それまで懸命にロルフの首にしがみついていた手がだらしなく垂れる。
 瞳はうつろになって、唇の端からは止めどなく唾液がこぼれ続けていた。
 崩れ落ちそうになる背中に腕を回して支えると、ロルフがステラの耳にささやく。
「おい。まだ気を失っていないな」
「あっ……はい。ロルフ様はまだ?」
 気をやっていない。
 まだロルフの肉棒は固さを失わないままで、ステラの中にあった。
「申し訳ありません。すぐに楽にして差し上げますから」
 ロルフの肉棒を抜こうとして、ステラはロルフの肩に手をかける。そのまま、懸垂の要領で
体を持ち上げようとするのだが、彼女の膣壁が肉棒をしっかり食わえ込んでいるのか、それとも
まだ体に力が戻っていないのか、少しも抜けそうになかった。
「無理はするな。まだ仕事があるのだろう」
 厚い手の平がステラの尻を乱暴に揉む。柔らかい肉に太い指が食い込む度に、彼女の息が、
また荒くなっていった。
 ロルフは尻をつかんだ手で、強引に彼女の体を持ち上げる。
 じゅぷ、みち、みち、みちみち!
「あはああああっ!」
 食いつくようにしてロルフの肉棒を包み込んでいた膣壁が無理矢理引きはがされ、ステラは
悲鳴を上げた。
 ボタ、ボタボタボタ……。
 それに合わせて、彼女の中にあった愛液が外に吹き出してきて、床に黒い染みを作る。
 じゅぷり、ずぬ、みち、みちみち!
「あっ! いや! ああっ! また! また弾ける! 弾けるぅ!」
 ステラのあえぎ声。
 ロルフは彼女の声には構わずに、いいように彼女の体を上下させる。
 亀頭が見えそうになるところまで持ち上げた尻を一気に突き落とし、男根の付け根まで落とすと、
また持ち上げる。営みというには、あまりにも粗暴な行為。
 縛めを失ったステラの両手と左足が宙を泳ぐように掻いている。
 そのうち、ロルフの背骨にも性感が登ってきた。
「中に出すぞ、ステラ」
「あっ! ああん! 駄目! 何度も、何度も!」
 すでに数回達したのか、ステラは唾液を撒きながら、何かをわめいている。
 ロルフは付け根の奥の奥まで彼女の体を引き落とすと、一気にその中に白濁液を放った。
 
 どびゅ! びゅくびゅく!
 
 子宮の入り口を奔流で叩かれて、ステラの体が大きくのけぞる。
 ロルフは最後の一滴まで彼女の中に出し尽くすと、つながったままで静かに彼女を自分の
ベッドまで連れて行った。
「あっ、はあ、はあ……」
 湿った吐息を吐きながら、ステラはベッドの上で完全に力を失った四肢を伸ばしている。
 メイド服は汗と愛液に濡れ、尻の下のスカートは終わり無く吹き出してくるロルフの精液で
さらに濡れ続けていた。白い喉に汗が伝っている。
「そこで休んでいろ。うるさい連中には俺が仕事を言いつけたと言っておく。安心して眠れ」
 ぶっきらぼうな、それでも優しさがこもった言葉。
 ステラはその言葉を聞いて、静かに目を閉じた。
 
 
 豪奢な調度品で飾られた謁見室。
 その中心である王座に座っているのは、現ベルナール王クローヴィス3世。
 日に焼けて茶色がかった髪と豊かに蓄えた髭、そして頭の上にある見事な細工の王冠は、
歴戦の勇士にふさわしい威厳をかもし出している。
「さて、ロルフ。周辺の様子はどうなっておる? おまえたちのおかげで幻獣の被害は格段に
少なくなったと、諸侯の評判は聞いておるが」
 自分の目の前で膝をつき、恭しく頭を下げているロルフにクローヴィス3世が尋ねる。
「はっ。現在、北部地域の安全は良好に保たれております」
「なるほど。それはなにより。では、南部の様子はどうかの?」
 南部は、ベルナール城を初め、ベルナール王国の主要施設が集まっている場所である。
 ロルフ達、北方民族の戦士達は自由にベルナール国内を騎馬で駆け回ることを許されているが、
クローヴィス3世の質問は管轄違いと言えた。
「南部は、ハインツ殿を初めとする精強な騎士団に守られておりますゆえ。御心配には及ばないかと
存じます」
 金属板をそのまま組み合わせたような、雑な造りの黒い鎧。
 そして、手入れも何もしていない伸ばし放題の黒髪と牙にしか見えない犬歯。
 人食い鬼、オーガと間違われてもおかしくないような外見のロルフだったが、その口からは
朗々と宮廷言葉が流れ出ている。発音も、少しも聞き苦しいところはない。
「よきかな、よきかな。ロルフ、これからもよろしく頼むぞ」
「はっ! 勿体なき御言葉っ!」
 北方の蛮族から連れてきた、野蛮な戦士。
 城の中ではそう噂されていたが、謁見室に立つ騎士たちはまんざらでもなさそうな顔で、
ロルフが去っていく姿を見送っている。強い戦士に精強だと言われるのは悪い気がしないからだ。
「どうじゃ、ミルダラ。おまえもロルフのことは悪く言っていたが、なかなかどうして、
立派な若者じゃろう」
 王座の横にある王妃の席に座っている妻ミルダラに、クローヴィスは機嫌良く話しかける。
「まだ、私は信用したわけではありません。現に、城の風紀を乱していると各所から報告が
入っております」
 クローヴィス3世の後妻として王妃になったミルダラは、とても美しかった。
 長く伸ばした髪は溶けた黄金のように美しい金色で、瞳はどこまでも青い。
 まっすぐに伸びた背中の反対には、水蜜桃のように大きな胸が膨らんでいる。その胸は子供を一人
産んだとは思えないほど瑞々しく張り切っており、白い王妃の服で隠しているのが勿体ないとさえ
思えた。
「別に構わぬだろう。あのように強い戦士の子供が手に入るのだ。ベルナールとしては
大きな利益ではないか」
 冗談めかしてクローヴィス3世が言うと、ミルダラの細い眉が釣り上がる。
「王。女は子供を産む道具ではありません」
「はっはっは。そう怒るな。実際に成果を上げているのだ。厳しく罰するだけが王の勤めでは
あるまい」
 ミルダラは目を伏せる。
「そう気楽におっしゃいますが。私は、あの蛮族の男を気に入っておりません。それだけは、
覚えておいてください」
「ふむ。なかなか慣れてくれぬのう」
 自分の趣味を妻に理解してもらえないことを寂しがりながら、クローヴィス3世は髭を撫でた。
  
  
 剣と剣が打ち合わされ、火花が散る。
 ガイン! ガイン!
 訓練場で試合をしているのはロルフとハインツ。
 ロルフは大剣を両手で持って大きく構え、ハインツは片手持ちの剣をまっすぐに構えながら、
実戦さながらに激しく打ち合っている。
 その様子を、訓練場の周囲で、ニコラを初めとする騎士見習い、そして戦士を目指す少年たちが
魅入られたように夢中で観戦していた。
 二人が持っている剣は訓練用で刃は落としてあるとはいえ、材質は鉄である。
 鍛え上げているとはいえ、まとも当たれば、どちらも怪我では済まない。
「年のわりに、ちょこまかと動く……少しは年相応にしたらどうだ?」 
 大剣を構えたロルフは毒舌を吐くが、目には余裕がない。
 ハインツを軟弱な南の国の騎士団長と侮っていたが、動きは俊敏で攻撃は重く、まったく隙がない。
「貴様こそ。蛮族なら蛮族らしく、素直に負けてみたらどうだ?」
 口の悪さでは、ハインツも負けてはいなかった。
 手合わせで、この無法者を叩きのめしておとなしくさせてしまおう、と、ハインツは考えていた。
 だが、目の前にいる大男は力だけではなくて、技量もなかなかのものだ。
 我流だろうが、その動きはドラギオン帝国で見せても評価を得られるようなレベルだった。
 ガシャン!
 また、剣が打ち合わされる。
 どちらも負けということを知らないので、退くことも知らない。
 自分の方が強いと信じて、全力を相手にぶつけ合っている。
 日が暮れ、太陽が赤く訓練場を照らすまで、手合わせは続けられた。
 
「……結局、決着はつかなかったか」
 不満そうに、だが、それでもどこか嬉しそうにロルフはつぶやいた。
 彼がいる場所は馬小屋。
 愛馬であるセキヨウの体を藁で拭いてやりながら、今日の手合わせのことを思い起こしている。
 小柄な北方の馬の中では、桁外れに大きいセキヨウの体。
 赤茶けた馬体は主人と同じように見事に鍛え上げられている。
「拙者は四撃当てた。貴様は一撃だけだったではないか」
 その横では、同じように愛馬マクバレンの体を、ハインツが藁で拭いていた。
 こちらは典型的なドラギオン馬で、洗練度で言えば、セキヨウよりも遙かに上だ。
「有効打ではなかっただろう。強いて言えば、俺の一撃が有効打だったがな」
 馬と馬を分ける柵を挟んで、ハインツとロルフはにらみ合っている。
「馬の上では俺の方が強い。それは間違いない」
 ロルフは確信を持って、そう言った。
 騎馬民族の生まれのロルフは、乳を馬上でもらい、馬と共に育った。
「ふん。やってみなくてはわかるまい」
 だが、ハインツも負けてはいない。
 馬上で戦う戦士である騎士。
 そのトップに立つ騎士団長であるハインツも、自分の強さには自信がある。
「今から、やってみるか」
「のぞむところ!」
 ブルルルルルーっ!
 二人の闘気が盛り上がったところで、セキヨウとマクバレンの二頭の馬が迷惑そうにいなないた。
「気乗りがしない。もう夕方だから、おとなしく寝ろ? そうか……」
 残念そうにロルフがセキヨウに返事をした。
「貴様、馬の言葉がわかるのか?」
 マクバレンの大きな尻を藁でこすり上げながら、ハインツは不思議そうに尋ねる。
「なんとなくだがな。ハインツ殿も、そういう感覚はあると思うが」
「ふむ……そう言われれば、マクバレンの尻尾が下がっておる。気乗りはせんようだな」
 根が素朴なハインツはロルフとにらみ合うのも忘れて、愛馬の顔をしげしげと眺めた。
 確かに、ロルフの言うとおり、迷惑そうな表情のように見える。
「馬乗りに関しては、確かに貴様が上のようだな。我が輩も大人げなかった」
 素直に詫びるハインツの言葉を受けて、ロルフも気を静めたようだ。
「別にいい。それよりも、今日の手合わせは面白かった。また、お願いしたい」
 ロルフの問い掛けに、ハインツも快くうなずく。
「いつでも受けよう。しかし、不思議だな。貴様のように強い戦士が、なぜ、この国に来た?
ドラギオン帝国でもケルヴィオン民主統合国でも、高く買ってくれるところはいくらでもある
だろうに」
「傭兵という仕事は買い手市場だ。そう、うまくはいかない」
 つまらなそうに言う、ロルフ。
 北方民族との同盟確認のために旅立ったクローヴィス3世が、連れ帰ってきた戦士たち。
 その戦士たちのリーダーが、ロルフだった。
 色々と事情があるのだろうと思って、ハインツはそれ以上は何も聞かないで、マクバレンの
体をこすり続ける。
「不思議と言えば、ハインツ殿も不思議だ。生まれはドラギオン帝国と聞く。なぜ、帝国の
騎士にならなかった。こんな辺境の小国で団長を務めても、つまらないだろうに」
「ふむ……それはだな」
 ロルフの質問に答えるのに勿体ぶって、ハインツは髭を撫でた。

「とびっきりの女神に出会ったからだ」

 しばらく待たされて聞くことが出来た言葉に、ロルフの細い目がさらに細くなる。
「女神? そんなにいい女がベルナールにいたのか?」
「いるとも。妻は普段、外に出ることがないから、貴様は知らぬだろうがな」
 ドス、ドス、ドス。
 ロルフが首を傾げていると、訓練場の入り口辺りから象が走るような足音が聞こえてきた。
 
「あ〜な〜たぁん。料理が冷めてしまいますわよぉ」

 トドが鳴いているのかと最初、ロルフは思った。
 驚いて振り向くと、肉を詰めすぎた腸詰めのように太った人間が、こちらに向かって
走ってきている。栗毛色の髪を長く伸ばし、赤いドレスを着ているので、かろうじて女性だと
判別することが出来たが、そのドレスのせいで、ますます腸詰め、ハムのように見えた。
「……まさか、「あれ」か?」
 心底不思議そうな顔で、ロルフがつぶやく。
「そうとも。あれこそ、我が女神! フランチスカ〜、今行くよ〜!」
 そんなことを叫んで、ハインツは腸詰め女の方に向かって走っていく。
 ドス、ドス、ドス。
 タタタタタタタっ。
 馬小屋から少し離れた訓練場。
 その中央で、ハインツはフランチスカと抱き合い……いや、肉に埋もれている。
「女神……女神か、あれが?」
 いつもは冷淡と思えるほど表情を崩さない猛獣のようなロルフの表情が、今は子犬のように
めまぐるしく変化している。
 ブルルルルルルっ!
(人の趣味はそれぞれ)
 セキヨウがそんなことをいなないたので、ロルフはなんとなく納得してしまった。
 
「さて、こんなところか……」
 セキヨウの体をきれいにし終わったロルフは、額に吹き出た汗を拭きながら、一息ついた。
 約束の時間までは、もう少しある。
 食事は、ステラが夜食を自分の部屋に置くだろうから、心配しなくともいい。
 安楽な城の生活に少しは感謝しながら、ロルフは夜の訓練場を見渡した。

 何度も踏み砕かれて、乱れた土。
 だが、そこには少しも血が混じってはいない。
 いくら天険に恵まれているとはいえ、呑気にすごし過ぎではないか。
 
 雇われているだけの身分とはいえ、そんなことを思ってしまう。
 馬にしても、まともに自分の馬の面倒を見ているのは団長のハインツだけで、他の騎士たちは
従者に世話を任せきりにしてしまっている。
 少しでも頭の回る者が攻めてきたら、あっという間に滅びてしまうのではないか。
 ベルナール王国は、そんな危うい場所のようにロルフには思えた。

 そのロルフの訝しげな表情に、わずかに緊張が走る。
 誰かが足音を忍ばせて近づいてきている。
(足音は……軽い。子供か?)
 ロルフは巨漢で異国の人間なので、城の中でもよく目立つ。
 近くでロルフを見ようとして、城の子供たちが集まってくることはよくあった。
 それにしても。
 こんなに夜遅くに、子供が一人で出歩くことがあるだろうか。
 まさか「幻獣」が城の中まで入り込んでくることはないだろうが。
 ロルフはベルナール王国のあちこちを回って幻獣を退治している。
 彼らの恨みを買う覚えは、充分にあった。
 幻獣とは、獣という字を名前の中に持つが、その姿は禍々しいものばかりではない。
 子供や女性はもちろんのこと、時には花や木、もしくは宝箱や剣といった無機物にまで
化けて襲ってくる幻獣もいるのだ。
 手近な棒をつかみ、ロルフは油断無く、足音が近づくのを待った。
 
 暗がりをかき分けるようにして、恐る恐る自分の方へと近づいてくる影。
 膝の近くまで伸びた長い金色の髪、白雪のような絹のドレス。
 まだ幼さを残す顔が夜目に写った頃、ロルフは警戒を解いた。
「ユリアーネ姫? なぜ、こんなところに?」
 名前を呼ばれて、目の前にいる少女の顔が嬉しそうに輝く。
 ロルフに近寄っていたのは、ユリアーネだった。
 少し興奮の混じった声で、ユリアーネはロルフに呼びかける。
「私の名前を知っているのですね。異国の戦士」
 夜の闇に映える青い瞳に、触れれば折れてしまいそうな細い体。
 体付きはまだ子供だったが、将来、彼女が美しくなることは間違いなさそうだった。
「こんなところを出歩くものではない。仮にも、王族だろう」
 ユリアーネの表情に、自分の回りに集まってくる子供たちと同じ輝きを見たロルフは、
臣下の礼はさておいて、年上の大人として注意をした。
「まあ。メイベルと同じことを言うのですね」
 青い瞳が丸くなり、ユリアーネは可笑しそうに口元に手を当てた。
 話しながら近寄ってきているので、もう手を伸ばせば届きそうな距離にいる。
「まったく。王族らしくないのは父親ゆずりだな」
 呆れながら、ロルフは伸ばし放しの黒髪を掻き上げた。
 自分の前に立って膝を地に着かない。当たり前のように話す。
 そんな男性に出会ったのは、父親を除けばロルフが初めてだった。ユリアーネの青い瞳が
好奇心で輝きを放ち続ける。
「北の国の人は大きいのですね。乗っている馬も大きい。やはり、大草原を駆けめぐるせいかしら?」
 ロルフの巨体とセキヨウの巨体を見比べながら、ユリアーネが言う。
「俺もセキヨウも特別だ。多分、一族の中で俺よりも大きい人間はいないし、セキヨウよりも
大きな馬もいない」
 面倒くさそうにロルフは答えた。
「でも、本当に見事な馬。手入れがいいのでしょうね」
 それでも嬉しそうにユリアーネは喋る。
「俺は体が大きいだけだが、セキヨウは特別な馬だ。こいつがいなかったら、俺は馬に乗れない
役立たずになるところだった。なにしろ、普通の馬は俺を支えきれないからな」
「まあ。それでは本当に大切な馬なのですね」
「そうだな。俺とセキヨウは一心同体。セキヨウは俺が考えていることがわかるし、俺はセキヨウが
考えていることがわかる。大切な戦友だ」
 さっさと話を切り上げて立ち去ってしまおう。ロルフはそう思っていたのだが、いつの間にか
ユリアーネのペースに乗せられてしまっていた。
 北方の草原に住む人々の生活、そこに生きる生き物、咲いている花のことまで。
 ユリアーネの無邪気な問い掛けに、ロルフは何も話すつもりはないのに、つい答えてしまう。
 ブルルルルル!
 ロルフとユリアーネが随分長く話し込んでいると、セキヨウが突然いなないた。
「しまった。そう言えば、カルトン公爵と約束があったな」
 時間はもうぎりぎりだ。
 ユリアーネが残念そうに、ロルフの顔を見上げている。
「俺と話したいのであれば、いつでも相手をしてやる。だから、夜に一人で出歩くような真似は
するな」
 嬉しそうに微笑むユリアーネに何も返事を返さずに、ロルフは足早にその場所から離れていった。   


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