到着の翌朝から、ロルフと彼の部下である遊牧民族の戦士たちの仕事は始まった。
 ウォーレム要塞が支配する一帯を駆け回り、怪しい影を捜して回る。
 それが幻獣であれ、ケルヴィオン民主統合国であれ、正体は問わずに撃滅すること。
 速く、遠くまで駆けることが出来る北方産の馬に乗ったロルフたちは、優秀な斥候だった。
 黒い鎧を着た大男の戦士ロルフと巨大な軍馬セキヨウ。
 その異形はウォーレム要塞の回りにある街や村の人々の目に止まり、軍事的緊張が迫っている
ことを広く近隣に知らせていく。
 また、ウォーレム要塞に配置されている騎士団も、実戦に即した厳しい訓練を始めた。
 それに合わせて、普段、予備兵力として定期訓練にしか参加していなかった者たちも、自主的に
戦闘の訓練や物資の備蓄、要塞各所の補修を開始する。
 ケルヴィオン民主統合国の国境付近の街に集まる、反乱者たちの軍団。
 処刑を待つだけのはずの存在が、ウォーレム要塞の緊張を高めていく。
 戦時が近いのではないか。
 ロルフがウォーレム要塞に来てから一ヶ月が経ち、畑を耕す手を休め、空を見上げる農夫たちまでもが、
そんなことを思い始めるようになっていた。


 要塞の外に仮設された臨時訓練場。
 ビュン、ビュン!
 そこで、標的に向かって狩人たちが矢を放っている。
 人間と同じくらいの大きさの杭に藁を巻いた標的に、次々と矢が突き刺さっていく。
 十本の矢を射た中で十本を命中させる、つまり全弾を命中させているのはラッドだけだ。
 他の狩人や弓手たちは半分を当てればいい方で、それを見て女性教官が顔をしかめている。
「馬鹿者っ! そんなことでは到底、実戦で敵を倒すことなど出来んぞっ!」
「え〜? あんな遠くにある標的に、全部の矢を当てるなんて出来っこないよ」
 十本中、六本の矢を当てているルカが、女性教官の怒鳴り声に文句を言った。
「なんだと? 貴様、訓練の意味がわかっておらんのか!?」
 口を大きく開けて、女性教官が怒鳴り返し、手に持った鞭を振るおうとする。
 あわてて、ルカの隣りで矢を放っていたラッドが、二人の間に入った。
「すいません。こいつ、実戦訓練に参加するの初めてなんで。俺の方から説明しますから、
どうか勘弁してやって下さい」
「なに?」
「兄貴は黙っていてよ。無理なものは無理なんだってば」
 目を剥いて怒る女性教官と、頬を膨らませて怒るルカ。ラッドは上手く立ち回りながら、
二人に説明を続ける。
「いいか、ルカ。実戦になったら、俺たちが狙う標的は敵の兵士だろう? あいつらは
杭の標的と違って動き回るんだ。しかも、盾も構えている」
「うん……」
 珍しく兄に諭されて、ルカが小さくなっている。
「俺みたいに全部の矢を当てられても、ようやく実戦で敵に当たるか当たらないかというレベル
なんだよ。だから、厳しいからって文句を言うな。矢をかいくぐって敵の戦士が迫って来たら、
俺たち狩人の細腕じゃ勝ち目はないんだから」
「……わかったよ」
 うつむいていたルカが、まだ不満そうではあったが、渋々とうなずく。ラッドは素早く
身を翻すと、今度は女性教官に説明を始めた。
「わかってもらえると思いますが、ここにいる連中は実戦訓練なんて初めてなんです。
気が緩まないように俺の方からも注意しますから。今回は許してやって下さい」
「まあ……ドラギオン帝国にまで弓を学びに行った貴様が言うのであれば……いいか、ルカ。
二度目はないからな。次は鞭打つぞ」
「は〜い。わ〜かりました〜」
 ふざけた返事の仕方をするルカを、ラッドは肘で小突いた。

 ビュン! ビュン!
「うー。駄目だ。やっぱり当たらないよ。遠すぎるもの。あの標的」
「馬鹿なことを言うな。矢が落ちる角度を計算してさ。それで当てるんだよ」
 ラッドに教えてもらって、ようやくルカも十本の矢の中で七本を当てることに成功し始めた。
何度も矢を放っているので、彼女の腕の筋肉は張りつめ、額には汗が流れ落ちている。
「上出来なんじゃないか。みんながみんな、ラッドみたいに射ることは出来ないからね」
 それまで休憩所で見学をしていたネイトが、弓の練習をしているラッドとルカの近くに寄ってきた。
「そうだよね。ほら、兄貴。ネイトも言うとおりだって。休憩にしようよ」
 早速、ネイトに甘え始めるルカを見て、ラッドは厳しい顔をする。
「駄目だ。もし、今夜に敵が攻めてきたら、どうする? 実戦訓練に妥協なんて許されない」
 日常生活はだらしないラッドだが、弓に関しては誰よりも厳しい。この辺りは、師匠の教えが
よかったようだ。ネイトは、幼馴染みの狩人のストイックな面を見て、苦笑を浮かべた。
「わかった。それじゃ、僕も訓練するから。ルカ、どいてくれないか」
 そう言うと、ネイトはルカが弓を放っていた場所に立ち、精神を集中し始める。
「……」
 つぶやき。それは呪文の詠唱。
 ネイトに呼びかけられて、周囲の空間が奇妙な音を立て始める。
 キィィイイイン!
 耳障りな金属音。近くにいたラッドやルカたちが耳に手をやろうとした瞬間、ネイトは大きく
手を振りかざした。
 バスン!
 振りかざされた手の先から、風の太刀が生じる。
 放たれた真空の刃は標的を斜めに切り裂き、真っ二つに割ってしまった。
「すごいよ、ネイト。また新しい呪文を覚えたんだね!」
 斜めに切れて地面に落ちた杭を見ながら、ルカは嬉しそうに飛び跳ねる。
「すげえ威力。真面目に弓矢の練習をしているのが馬鹿らしくなってくるな」
 ラッドが溜め息をつき、回りの者たちもうなずいた。
「それじゃ、ルカを休ませてくるから。標的を修理しておいてくれよ」
「なにっ?」
 涼しい顔で言うネイトに、ラッドが驚く。
「わーい。頼んだね、兄貴」
 何か反論をしようとする前に、ルカはネイトの腕に飛びついてしまった。
「まったくよぉ。おまえ、いつもルカに甘いんだって」
「ベー。ネイトは優しいんだよ。女にもてない兄貴と違ってさ」
 ぶつぶつと文句を言うラッドに、ルカは舌を出して反撃する。
「ちぇ。わかった、わかった。いいから、どっかに行っちまえ」
 標的を直しに杭をもらいに行くラッドを背中に、ネイトとルカは臨時訓練場から出て行った。
 
 
 涼しい風が吹く場所で、ルカは岩の上に腰掛け、パンパンに張った肩を揉んでいる。 
「助かったよ、ネイト。あの馬鹿兄貴、自分の得意なことだったら張り切るんだから。
あんなの無理だよね」
「それでも練習はしておいた方がいい。もしも戦争が始まったら、やり直しは効かないから」
 ルカの汗から、桃のような芳香が風に乗って薫ってくる。それに気を取られまいとしながら、
ネイトは話を続けた。
「僕らは戦争を知らないけど。人間は幻獣よりも強い。集団で襲ってきて、作戦に沿って動き、
武器を構えている。ウォーレム要塞を落とせるはずがないけど、被害は少ない方がいいからね」
「そりゃ、そうだけど……」
 兄と同じように厳しいことを言うネイトに、ルカの表情が沈む。
「戦いになったら、人を狙わないといけないんだよね……嫌だな、人殺しなんて」
 不安に震える、ルカの唇。ネイトは黙って、ルカの頭に手を置いた。
「人殺しじゃない。守るための戦いなんだ。そう思わないと、誰も守れないまま死んでいくぞ」
 死んでいく。
 その言葉の冷たい響きに、ルカは肩を振るわせた。
 長い地下の研究室暮らしで青白い肌のネイトが、今はとても強く見える。ルカは何も言わずに、
彼の灰色の目を見返す。
「……ネイトは怖くないの? あたし、殺すのも殺されるのも嫌だよ」
「怖いさ。そりゃ、誰だって怖いよ。あのロルフっていう大男の戦士だって、初陣の時は
震えたんじゃないかな」
 ネイトの言葉に、ルカの震えが少しだけ納まった。
「うん……そうだよね。怖いものは怖いよね。命が懸かっているんだから」
 ルカの言葉に軽くうなずくと、ネイトは立ち上がった。
 その体は枝のように痩せていているが、今は頼もしく見える。
「やっぱり……ネイトも男なんだよね」
「そうみたいだ。向いていないとは思うけどね」
 苦笑しながら、頭に置いた手でネイトはルカの髪を掻き乱す。
「あ〜!? もう、せっかく褒めてあげたのに!」
 髪をぐしゃぐしゃにされたルカの悲鳴と、ネイトの笑い声が風に響いた。
 
 
 巨大な蹄が地を蹴って土を削る。
 愛馬セキヨウの上で大薙刀を構えたロルフが、部下を連れて、ウォーレム要塞に帰ってきた。
「お疲れ様です。何か変わったことはありましたか?」
 すぐに騎士見習いの少年たちが駆け寄って、ロルフたちの回りで世話を焼き始めた。
「いや、なにもない。道中で盗賊を五人ほど捕らえた。すぐに近くの街の詰め所に引き渡したが。
ケルヴィオン民主統合国とは関係がなさそうだ」
 ロルフの戦果報告に、騎士見習いの少年たちは歓声を上げる。
「すごいや。盗賊を五人も捕まえたなんて。やっぱり、北方の戦士は強いなあ」
「ガハハ。大したことはねえよ」
 褒められて素直に喜ぶ部下たちを置いて、ロルフはセキヨウを馬小屋へと繋ぎに行った。
 その表情は険しい。
 
 
 馬小屋では、自分の馬を世話しているザントレイ子爵がロルフを待っていた。
 蹄を削っていた小刀を置いて、セキヨウをつないでいるロルフに話しかけてくる。
「おお。どうだ、ロルフ。何か気になることはあったか?」
「国境付近の見張り台の近くまで、馬を走らせてみた。騎馬隊が近づいてきても、ケルヴィオンの
兵士が顔も見せない。奇妙だとは思わないか?」
 貴族が羽織るガウンを脱ぎ捨て、汚れがついた馬丁の服を着たザントレイ子爵の表情が曇る。
「随分と挑発的な真似をしたものだな。だが、確かに奇妙だ。ケルヴィオン民主統合国の兵士は
律儀だからな。少しでも国境線を越えると、蟻のように多くの兵士を出してくる。それが、
姿も見せないとは」
 国境付近の部隊配置を変えているのか。では、配置を変えた兵士はどこに行っているのか。
 様々な疑問がザントレイ子爵とロルフの間に浮かぶ。
「偶然かもしれない。兵士とて人間だからな。許されないことだが、見逃しはある。だが、
こうした些細な出来事を見逃せば、後に大きな失策を犯すかもしれない」
「気には止めておこう。間者からの報告も待たねばならないが、ケルヴィオンに動きがあった
かもしれないからな」
 ヴルルルルル。
 突然、ザントレイ子爵の馬がいなないた。
「おお、すまん、すまん。まだ片方の蹄を削っていなかったな」
 早く削ってくれ、と言わんばかりに、馬は蹄を削っていない方の片足を上げる。
(馬の言葉がわかる。彼はいい戦士だ)
 急いで蹄を削り始めたザントレイ子爵の背中を、ロルフは満足げに眺めていた。
 
 
 カリカリカリカリカリ……。
 研究室に戻ったネイトは、机に向かっていた。
 カリカリカリカリカリ……。
 耐えることのないペンの動きが、室内に響いている。
 カリカリカリカリカリ……。
 書いているのは幻獣の変成についての論文ではなく、ウォーレム要塞の戦力分析。
 カリカリカリカリカリ……。
 軍属の魔術師であるネイトは、作戦会議において資料を提出することを義務づけられている。
 カリカリカリカリカリ……。
 各所から送られてくる報告書をまとめながら、ネイトはペンを動かし続けていた。
(いろいろと考えるものね。こんなに細かいことまで書いている)
 その資料を面白そうに見ているのは、女エルフのエミリア。
 彼女はまだ、ネイトの部屋に居候をしていた。
 気配を消していれば、この要塞の人間は自分の存在に気付くことはないようだ。
 そのことを確信してからは、エミリアは大胆になっていった。
 食料庫、空調、トイレといった生活のための設備は、要塞の地下にそろえられている。
 秘密の通路を発見したので、気晴らしの散歩も自由だ。
 一度だけ若い狩人に見つかりそうになったが、無事に逃れることが出来た。
 カリカリカリカリカリ……。
 ネイトが毎日、興味深いことを机の上で紙に記しているので、退屈もしない。
(それに精気の補充も自由に出来るし。ここって、本当に楽だわ)
 椅子に座っているネイト。彼が着ている貫頭衣の裾から出ている細い脚を見ながら、
エミリアは唇を舐めた。

 
 飯を食い、強靱な肉体を維持するのも戦士の仕事の一つである。
「ヒルダさん、お代わりっ!」
「おばちゃん、こっちもお代わり!」
 食堂では、何が原因になったのか、騎士団の男たちと遊牧民の戦士たちが大食いを競い合っていた。
「はい、はい! ちょっと待ちなよね!」
 忙しそうに鍋を振りながら、ヒルダは乱暴に答えた。
「ああ、もう! 男の人って、どうして、お馬鹿さんばかりなんですかー! ご飯をたくさん
食べられるからって、偉いわけじゃないでしょー!」
 やけを食って、ヒルダを手伝っている他の料理女が叫んだが、男たちは構わずに口の中に
料理を放り込み続けている。厨房は今日も戦場であった。

「ぷぁー、疲れたぁ」
 ようやく仕事が終わったヒルダは、椅子に腰を降ろした。
 すでに深夜になり、他の料理女たちは帰してしまった。
 整えられた厨房器具、皿、翌日のために仕込んだ材料。それらを眺めて、ヒルダは満足そうに
微笑んでいる。その背後から、誰かが足音も立てずに忍び寄ってきた。
「ひゃあ!」
 突然のヒルダの悲鳴。背中から回された大きな手が、無遠慮に彼女の豊かな乳房をつかんでいる。
「ろっ、ロルフ? あんたかい?」
「ああ。今日、戻ってきた」
 自分の胸をつかんでいる相手がロルフだとわかると、ヒルダは力を抜いて、彼の手に身を任せた。
 ぐにゅ、ぐにゅぐにゅ。
 強い力で揉まれて、柔らかい胸がシャツの布越しに変形する。
「んんっ……先に言ってくれればさ。あたしの方から、あんたの部屋に行ったのに」
 歪む胸の快感に頬を赤く染めながら、ヒルダは唇を舐めた。
「ここでは嫌か?」
「うぅん……子供たちに見られるといけないから。ねえ、ロルフ。場所を変えない?」
 料理女から、女に表情を変えたヒルダが言うと、ロルフはうなずいた。
「倉庫がいい。あそこは下に敷くものがある」
「そうだね。外は風が冷たいからね。酒蔵は陰気でよくないし」
 二人の逢瀬は何度繰り返されたのか。
 最初の晩にロルフがヒルダを求めてから、機会がある度に、飽くことなく抱き合っている。
 ロルフは馬に乗って外に出ては、三日も四日も戻らなかったと思うと、いつの間にか要塞に
帰ってきて、ヒルダを求めにやって来る。始めの頃は普通の方法で抱きたいと渋っていたが、
今は後ろを愛する方法に慣れたようだ。
 自分から手を引くと、ヒルダはロルフを倉庫へと連れて行く。
 普段は誰も入らない、二人だけの秘密の場所に。
 
 
 グー、グー。
 心地よさそうな寝息が響いている。
 倉庫に積まれた小麦粉の袋の上で眠っているのは、訓練に疲れたルカ。
 豊かに育った胸が、規則的に上下している。
 自分の部屋で寝ていると、あの口うるさい女性教官が「夜間訓練を行うっ!」などと無茶な
ことを怒鳴りながら押しかけてくるので、ここで眠っている。
 その下では、ロルフとヒルダが注意深く倉庫の中を見回していたのだが、頭の上で眠っている
ルカの姿には気付かなかったようだ。
「誰もいないようだな」
「そうみたいだね。文句を言う奴もいないと思うけど、子供たちに見られると嫌だからさ」
 二人きりだと思いこんだロルフとヒルダは、強く抱きしめ合いながら、熱いキスを交わした。
 そのまま、互いの服が一枚、また一枚と倉庫の床へと落ちていく。
 湿った音とヒルダの嬌声が倉庫の中に響き始めたのだが、ルカはまだ、気持ちよさそうに
サボり寝を続けていた。


 クゥ、クゥ。
 小さく整った唇から、一定のリズムを刻んで、ネイトの寝息が聞こえる。
 資料作りに疲れたネイトは、細い手足を伸ばして、深い眠りについている。
「やっと眠ったみたいね。本当に毎晩、遅くまで頑張れること」
 エミリアは寝静まっているネイトの灰色の髪を撫でながら、慈しむように微笑んだ。
「人間同士の戦争なんて、私には関係ないけれど。ここまで頑張っているのを見ると、応援したく
なってくるわね」
 そう言いながら、エミリアはネイトが眠っているベッドに上がる。
 ギシッ。
 彼女の膝に押されて、マットがきしんだ音を立てた。
「よく眠っている……女の子みたいな寝顔」
 ネイトに覆い被さるようにして、その上に馬乗りになって重なったエミリアが、うっとりとした目で
彼の顔を見つめている。
 長いまつげ、華奢な顎、小さな耳、そして控えめな唇。
 試しに、指の腹でネイトの唇を撫でてみたが、目を覚ます気配はない。
「ふふっ」
 唇をくすぐっていたエミリアの指が、ネイトの口の中に入り込む。固い歯を押しのけると、すぐに
柔らかい舌の感触が指先をくすぐった。
「柔らかい。それに暖かくて……ふふっ、うふふふっ」
 含み笑いを漏らすと、エミリアは口の中の唾で湿った指を抜き取り、ネイトの顔を伝って首の上へと
滑らせる。
「うっ……」
 細い首の上をエミリアの指が伝うと、ネイトはうめき声を上げて身をよじらせた。
「……」
 指を止めると、エミリアは慎重に様子をうかがう。ネイトはしばらく寝苦しそうにした後、
また静かに寝息を立て始めた。筋肉のついていない薄い胸板が上下している。
 長く伸びた耳を動かしながら、エミリアは体を下の方へとずらした。ネイトが着ている貫頭衣が
彼女の着ている狩猟服の胸元に擦られて、わずかに音を立てた。
「……」
 ネイトを起こさないように慎重に、エミリアは体を下へとずらしていく。衣擦れの音がしばらく
続いて、彼女はネイトの痩せた太股の上まで体を動かした。
「ごめんね。疲れているのに」
 そう言うと、エミリアは手をネイトの着ている貫頭衣の裾へ持っていき、ゆっくりと上の方へ
捲り上げていく。膝小僧が出たところで、いったん手を止めた。
「本当にきれい。よけいな筋肉がついていなくて。それに、この白さ……」
 熱に浮かされたような目でネイトの顔を見つめながら、エミリアは彼の膝から下を指で撫でる。
地下の研究所での暮らしと貫頭衣で長い間、日光にさらされることがなかった彼の足は青白いと 
思えるほど澄んだ色をしていて、その肌はキメが細かい。雪の上を滑るようにして、エミリアの
指は足の上を滑っていく。
「んんっ……」
 ネイトがまた、寝苦しそうな声を出した。
 指が止まり、エミリアは慎重にネイトの様子をうかがう。しばらくして、ネイトはまた、静かに
寝息を立て始めた。
「危ない、危ない。見つかったら、せっかくの楽しみがなくなってしまうものね」
 悪戯っ子のように笑いながら、エミリアは膝小僧のところまで捲れ上がった貫頭衣の裾を、
一気に腰のところまで押し上げた。
 今まで厚ぼったい布の中に隠されていたネイトの男根が、その小柄な姿を現した。
「うふふふ……」
 その小降りな白い屹立を見て、エミリアは含み笑いを漏らしながら、唇を舐めた。


 バスン! バスン!
 薄暗い倉庫の中でヒルダの乳房が激しく揺れて、柔らかい打撃音を立てている。
 後ろで、激しく腰を動かしているのはロルフ。ヒルダの腰をつかんで、小刻みなストロークで
何度も彼女の尻を突いている。
「ああう! くううう!」
 延々と続く、ヒルダの嬌声。
「んっ……なに。うるさいなあ……」
 あまりの音の激しさに、積まれた小麦粉の袋の上で眠っていたルカが目を覚ました。閉じていた
目をこすり、わずらわしげに頭を動かしている。
 二度、三度、頭を揺り動かした後、ルカは上半身を起こし、下の方を覗いてみた。
「誰かいるのかなあ……ひゃ!」
 驚きの声。
 高く積まれた小麦粉の袋の上から下を覗き込んだルカの顔が、みるみる赤くなっていった。
 四つん這いになったヒルダが、獣のように誰かと交わっている。
 ツンと鼻を突く淫臭、ねちゃねちゃと鳴る粘液がこすれ合う音、かすれた喘ぎ声。
 真上から、その様子を見ることになったルカは、真っ赤に染まった顔を下げて、姿を隠した。
「ヒっ、ヒルダおばさん……?」
 小さくつぶやいたルカの声は震えている。
 幼い頃に災害で両親を失ったルカは、兄ラッドと共にウォーレム要塞の人々に育てられてきた。
 その中でも特に優しくしてくれたのは、ネイトの両親と未亡人であるヒルダだった。
 親がいない二人に、ヒルダは本当の親のように接してくれた。
 そんなヒルダが、下穿きをずり下げて、男と交わっていた。
「あれ……ロルフだよね……」
 ヒルダの後ろで腰を揺すっている大男を見て、ルカは確認するようにつぶやいた。
 男と女が、大人になったらすること。
 その内容については、ルカは耳ざとい、もしくは早熟な友人たちから詳しい話を聞いていた。
 また、男の狩人たちが牝の幻獣を捕まえた時に、そういう卑猥な話をするのも聞いていた。
 だが、実際に目にするのは、今が初めてである。
 真上から見下ろすルカの位置からだと、ヒルダの白い尻とロルフの黒ずんだ剛直がつながっている
のがよく見える。二人とも体は汗ばみ、荒い息を吐き出していた。
「んっ! ふぅ! ……ねえ、ロルフ?」
 四つん這いになって尻を突かれているヒルダが、甘えるような声を出して、後ろにいるロルフの
方を振り向いた。心得ているとばかりに、ロルフは上半身をヒルダの背中に預けて、彼女の唇に自分の
唇を重ねた。唇を唇を重ねるだけの、簡素なキス。
 だが、ルカはそれをじっと見つめて、顔を赤らめている。
「そうか、そうなんだ。ヒルダおばさんとロルフって……」
 純朴な生娘のルカは、男と女の関係は恋愛感情が前提にあるのが当然と思っている。優しく唇を
重ね合うロルフとヒルダの姿を見て、彼らが恋愛関係にあると思い込んでしまうのは無理もないことだった。
 くちゅ。
 粘性の高い油に濡れたロルフの剛直が、また動き始めた。
 ルカは声を立てずに、じっと様子を見守っている。
 
 
 包皮に包まれた、未発達な白い屹立。
 ネイトの陰茎に息がかかりそうなくらいに顔を近づけて、エミリアは陶然とした笑みを浮かべている。
「ふふっ。かわいい。痛そうなくらいに張り切って……」
 つん、と悪戯っぽく、エミリアがネイトの陰茎を指でつつくと、ピクリとネイトの腰が動いた。
 刺激されることに慣れていない小さな勃起は、まるで彼女の指を催促するように、その充血を増す。
 その間に、エミリアの横に長く伸びた耳が、ネイトの寝息を慎重にうかがっていた。
 深い眠り。
 作戦会議の資料を作ることに疲れた小柄な魔術師の体は、眠りの中をさまよっている。
 楽しみが中断してしまうことはなさそうだ。
 つん。
 今度は指ではなく、舌でネイトの陰茎の先をつついてみる。
 白い屹立は完全に硬くなって、エミリアの舌を心待ちにしていた。
 エミリアは嬉しそうに微笑みながら、陰茎の先端、尿道口の辺りに舌先を当てた。
 厚い包皮と、それに包まれた亀頭。その間に、慎重に舌の先を潜り込ませていく。
 硬く癒着した包皮は、なかなかエミリアの舌先の侵入を許さなかったが、エミリアの唾液と
ネイト本人の尿道口から染み出してくる透明な液体に塗らされて、徐々に隙間を開け始めた。
 まるで上等の食事を楽しむようにして、エミリアは嬉しそうに舌を動かし続ける。
 包皮の下を潜り込んでいくエミリアの舌先に、なにかが当たった。
 それはネイトの恥垢だったのだが、エミリアは気にした様子もなく舌先を滑らせていく。
 その表情は淫猥な喜びに満ちていて、ラッドの愛撫を拒んだ時の高慢なまでの気高さはない。
 ためらうことなく、エミリアは恥垢にまみれたネイトの亀頭を舌先で嬲り、徐々に、徐々に包皮を
裏返していって、外気にさらされることのなかった敏感なピンク色の先端を露出させていく。
「んむっ」
 頑固に亀頭に貼りついた包皮を裏返し終わると、エミリアは陰茎の先端を口にくわえて、
押し込むようにして完全に包皮をまくり上げた。
「うふっ。むけた、むけた。かわいい〜」
 ピンク色の亀頭を露出させた陰茎を見て、エミリアは嬉しそうに微笑む。
 連日の刺激に慣らされたせいなのか、ネイトは目を覚ましそうになかった。完全に熟睡している。
 ウォーレム要塞に勝手に居候するようになってから毎晩、エミリアはネイトの陰茎をなぶり続けてきた。
 最初の頃は、ネイトが何度も目を覚ましそうになって、その度に肝を冷やしていたが、今は
かなり大胆に刺激しても大丈夫になった。
 まるで少女のように見える、あどけないネイトの寝顔。
 その陰茎から放たれる精気の味わいを想像して、エミリアの微笑みがより淫靡なものになっていく。
 ちゅ、ちゅ。
 エミリアが小鳥が木の実をついばむようにして、唇でネイトの亀頭をつつき始めた。
 眠っている主人の代わりに、敏感な陰茎はつつかれる度に細身の体を震わせる。
 ちゅぱ、ちゅぱ。
 次第に、エミリアの唾液が唇を通して陰茎に伝い、湿った音を立て始めた。
 今にも弾け飛びそうなほどに硬く膨らんだ屹立。その亀頭を、エミリアはゆっくりと口の中に
納めていく。
 にゅる。
 一回。
 にゅる。
 二回。
 にゅる。
 三回。
 雁首の周りを、エミリアの舌が回った。
 びくん、びくん。
 小さな陰茎から吹き出た精液の量は多く、すぐにエミリアの口の中を満たしていく。
「うふふ。ごちそうさま」
 それを飲み下してから、にっこりと笑うと、エミリアはまだ硬さを保っている陰茎を
きれいにするべく、再び、亀頭の周りに舌を回し始めた。






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