「聖女ヴァンパイア」プロローグ

 ドラギオン帝国の山地にあるタツバ村…王冠戦役と呼ばれる先王の招いた混乱からも数年が経ち、国は龍を妻に持つという新しい王のもとで、少しずつ繁栄を取り戻しつつあった。
 幻獣がこの世界に現れはじめてから数百年…その中でも、この村は比較的幻獣の災禍が少なかった場所として知られている。
 …いや、正しくは、この100年は…と言うべきか…
 それには、こんな伝説がある。

 幻獣の現れた時代、この村も他の町と同じく、幻獣達の驚異に畏れおののいていた…そして、ある時この墓地の地下迷宮に、強い力を持つ男のヴァンパイアが住みつき、多くの幻獣をひき連れ、日々、村を荒らし回ったという…
 幻獣は、半実半霊の存在であるが故に、人間の異性の精気を吸収しなければ、この次元に存在できないことは広く知られているが、このヴァンパイア達の所行は、その精機調達の限度をはるかに上回るものだった。
 一説には、このヴァンパイアが不死の自分の身を呪うあまり、常軌を逸していたのだとも言われているが、これはあくまでひとつの推論でしかない。
 村人は太古からの様々な魔除け、魔封じを駆使して身を守った。しかし、それもなかなか思うようにならぬまま時が過ぎていったという…

 そして、100年程前、ある変化が起こった…
 迷宮のヴァンパイアが、村の、ある娘を見初めたのだ。
 娘の名はママァル。村の名士の一人娘だったが、そのブルーグレーの髪と透き通る瞳の美しさは、村に留まらず、遠くの町でも噂されたという。
 美しいモノに目の肥えたヴァンパイアが、彼女に目をとめたのも、ある意味不思議ではなかったのかもしれない。
 しかし、ヴァンパイアは、この出会いに何を感じたのか、それまでの悪行からは考えられない行動に出た。
 正式に妻になって欲しいと、最大限の謙虚さで申し入れをしてきたのだ。
 幻獣とは言え貴族の魂を持つ彼らの種族は、一旦その高貴さを表に出すと、その魅力は輝くばかりだ…
 普通ならそれだけで女性は虜となるところだが、ママァルは違った。
 しっかりした性格のためだろう。彼女は幾日も考え、村のために自分ができることを考え抜いた。
 …そして、今後村の人々に一切の悪さをしないことを条件に、プロポーズを受け入れたのだ。
 しかし、それは彼女もヴァンパイアとなって、夫と不死の時間を分かち合うことを意味している…
 人が、人でなくなることを決意するとは、どんな感覚なのだろう…
 もちろん、親をはじめ、親族、村人達は彼女を止めようと必死になったが、一度した決意を翻すようでは、逆にその決意はなかったのだろう…
 …ママァルは自分の意志を曲げることはなく、地下迷宮のヴァンパイアの元へと、すすんで嫁いでいったのだ…
 その後、本当に迷宮のヴァンパイアは村を襲わなくなり、ママァル夫婦は、不死のままこの村を影ながら守り続けてきたという…

 そして現在…この話は、地下迷宮に棲む「聖なるヴァンパイア」の伝説として、多くの村人に信じられ、語り継がれてきた…

 …そんなある日、あなたはこの村を訪れる。
 "狩人"の資格を取ってまだ日が浅い。
 若者の常であるように、あなたはいつかこの道で名をあげようと、首都イカル・ドラギオを目指す途中だった。
 村は何だか少し慌ただしく、アイテムショップの場所を聞こうにも、なかなか村人がつかまらない…
 どうにか一軒だけの「よろず屋」を探り当て、扉を開ける。
 そう、この一歩が、思いもよらぬ冒険のプロローグになろうなどとは気づくこともないまま…